Monthly Archives: 4月 2014

この記事は、2014年4月17日に更新の、放送回数8054回で32年間の放送に幕!  笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号の続きの内容となります。

 

では、「笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号」の続きの記事にまいりましょう。

 

前の記事でも書きましたように、この記事は私のメインブログである「続きは、CMのあとすぐ!」とのジョイント記事となっています。

 

ちなみに、メインブログでは、以下の日付とリンクで記事を更新しました。

 

2014年4月12日

放送回数8054回で32年間の放送に幕!  笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号

 

このブログも、メインブログも、笑っていいとも!の最終回&グランドフィナーレについてはまったく同じ記事となっています。

 

けれど、これは決して手抜きではなく、笑っていいとも!が最終回&グランドフィナーレを迎えたことをお祝いする意味でのジョイント記事となっています。

 

ですから、どうか手抜きではないことをご承知願えればと思っています。

 

もちろん、いいともの後番組としてスタートした「バイキング」については、面白くない点を含め、次の記事で更新の予定となっています。 

 

それでは、笑っていいとも!のグランドフィナーレの後半となる内容について書いていくことにしましょう。

 

 

タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナイン×笑福亭鶴瓶といった、お笑い芸人たちの超豪華メンバーによる夢の共演も、記念撮影とタモリさんの胴上げで落ち着くことに。

 

続いて、おすぎとピーコ、橋田壽賀子さん、柴田理恵さん、田中康夫さん、ヒロミさん、勝俣州和さん、キャイ~ンの天野ひろゆきさん、ウド鈴木さんへのインタビューが、フジテレビアナウンサーの生野陽子さんによって行なわれました。

 

●SMAPによる、いいともで32年間の司会を務めたタモリに贈る曲のプレゼントが!

 

その後、タモリさんに歌のプレゼントを贈りたいということで、なんと、木村拓哉さん、香取慎吾さん、中居正弘さん、草彅剛さん、稲垣吾郎さんによるSMAPのメンバーが登場!

SMAPのメンバー5人がステージに立つと、

 

稲垣吾郎さん「タモリさん、32年間本当にお疲れさまでした。

 そして、お世話になりました」

 

木村拓哉さん「あの、ほんと、自分らSMAP5人も、きっとここに集まりしいいともに出演されている皆様も、テレビをご覧の皆様も、タモさんみたいな先輩がいてくれてがんばれていると思います。

 本当にありがとうございました」

 

そのような稲垣さんと木村さんからのあいさつの後、

 

中居正弘さん「それでは聞いてください。

 タモリさんへ贈る歌です、『ありがとう』。

 

こうして、2006年10月に発売されたSMAPの40枚目のシングルで、草彅剛さん主演のフジテレビで放送されたドラマ「僕の歩く道」の主題歌でもあった「ありがとう」の曲が披露されました。

 

曲の途中からは、観客席にいたタモリさんをステージに呼び、タモリさんを真ん中にして、それをSMAPのメンバーが囲みながら歌うというサプライズも。

 

まさに、タモリさんに贈る歌のプレゼントにふさわしいサプライズであり、SMAPのファンの方にとっては心底うらやましい光景でもあったでしょうね。

 

曲が終わると、タモリさんはSMAPのメンバーに感謝しつつ、

 

「私もこれでSMAPのメンバーになれました」

 

というジョークとともに、SMAPのメンバーによる、タモリさんに贈る歌のプレゼントが終了したのでした。

 

●現レギュラー陣によるタモリへの感謝のメッセージ

 

SMAPのメンバーによる曲のプレゼントの後、現レギュラー陣による、笑っていいとも!という番組へ。

 

そして、タモリさんに向けての感動のメッセージもありました。

 

かなり距離は離れていたけれども、タモリさんと向かい合い、スタンドマイクを通じて行なわれたメッセージでは、

 

・ベッキーさん

・指原莉乃さん

・バナナマン(設楽修さん・日村勇紀さん)

・山崎弘也さん

・渡辺直美さん

・ローラさん

・ピース(綾部祐二さん・又吉直樹さん)

・千原ジュニアさん

・木下優樹菜さん

・劇団ひとりさん

・柳原加奈子さん

・トシさん(タカアンドトシ)

・タカさん(タカアンドトシ)

・石橋貴明さん(とんねるず)

・木梨憲武さん(とんねるず)

・香取慎吾さん(SMAP)

・三村マサカズさん(さまぁ~ず)

・大竹一樹さん(さまぁ~ず)

・関根勤さん

・田中裕二さん(爆笑問題)

・太田光さん(爆笑問題)

草彅剛さん(SMAP)

・中居正弘さん(SMAP)

・笑福亭鶴瓶さん

 

という順番で行なわれたのでした。

 

このうち、バナナマンの日村さんは、設楽さんの次に登場すると、なぜか郷ひろみさんのものまねでスピーチを。

 

しかも、最初から最後までずっと郷さんのものまねを貫きながらスピーチをしていたのが面白かったです。

 

柳原さんは、もう終始号泣しながらのスピーチだったと思います。

 

あそこまで泣かれてしまうと、ステージにいた現メンバーや観客席にいた歴代メンバーもちろん、私も見ていて笑ってしまいましたね。

 

ローラさんは、カンペを見ながら、いつものタメ口まじりのかなり短いスピーチでした。

 

テレビでは、いつも明るく元気で面白い印象しかなく、あまり泣いた姿を見たことがなかったローラさん。

 

それだけに、時おり泣き声を上げ、手で涙をぬぐいながらローラさんが感謝のスピーチをしていたことで、見ているこちらも胸を打つものがあったのでした。

 

同じ火曜日メンバーであった中居さんも、ローラさんのスピーチに目を潤ませていましたね。

 

また、さまぁ~ずの三村さんのスピーチを聞いたところ、どうやらとんねるずの貴明さんとともに、タモリさんを泣かせようと目論んでいたことがわかったのでした。

 

でも、それが難しいとわかると、今度はタモリさんをなんとか笑わせようという方向にスピーチが向かってましたね。

 

結局、感謝のスピーチで、タモリさんの泣き顔は見られなかったものの、劇団ひとりさん、中居正弘さん、笑福亭鶴瓶さんのスピーチで、時おり、タモリさんが笑いすぎて、サングラスの上から目頭を押さえる場面が何度かあったのでした。

 

このように、笑いすぎによるものではあったものの、サングラスの上から何度も目頭を押さえるタモリさんの姿は、私も初めて見ましたね。

 

◆文字起こしで振り返る、私が印象に残った、香取慎吾、中居正弘、笑福亭鶴瓶による感謝のスピーチ

 

それでは、現いいともレギュラーのスピーチの中で、私がもっとも印象に残った3人の方のスピーチの内容を、私が文字起こししたものをご紹介してみたいと思います。

まず1人目は、いいとも歴20年の香取慎吾さんからです。

 

 

「32年間お疲れさまでした。

 えー僕は、94年から、17歳のときから20年間お世話になりました。

 この4月でちょうど20年です。

 まず…、すごく涙が出そうな思いが。

 昼間もきょう月曜日があったんですけど、昼で終われればあそこで僕泣いていたんですけど、夜もあったから、すごい変な1日でした。

 本当は昼間で終わりたかったですけど。

 あと、昼間始まる前に、あんまり20年僕行ったことのないタイミングでトイレに行ったら、ちょうどタモさんと一緒になっちゃって、タモさんは気付いたかどうかわからないんですけど、タモさん小のほうにいたんですけど、そのまんま僕あいさつせずに大きいほうに隠れました、すみませんでした。

 ちょっと…あのー、大きいです20年って。

 しかも10代からだったんで。

 タモさんは、特に何も教えてくれませんでした。

 でもずっとタモさんの背中は見てました。

 20年一度も怒られたことがないです。

 ちっちゃいことでも怒られたことがないです。

 僕ひどかったのが、97年か8年のころに、いいともCUPが始まったぐらいの時間、12時50分に遅刻して入ったことがあります。

 あり得ません、すみませんでした(と言って頭を下げる香取さん)。

 それを終わって謝りに行ったときにも、『あぁー、わかったわかった』って、怒りませんでした。

 あと……、信じられません、まだ。

 答えはいりませんが……ちょっと我慢できずに言います。

 答えはいらないですけど、そもそもなんで終わるんですか?

 えー、いっぱい言いたいことあるんですけど、本当にいろいろ考えて、ここずーっとここのところ考えてたんですけど、結局は何も考えずにここまで来ました。

 あの、ツヨポンがすごく仲良くて、タモさん家に行ったりするのをすげぇずっとうらやましかったです。

 あと、僕あのなんか携帯の番号を教えたりとか、あんまりそういうのが苦手な人で、なかなかタモさんと話す時間もなかったりして。

 で、中居くんとかそういうのもすごくするんですけど、中居くんとか食事によく行っているのも知ってて、あ、そうなんだと言いながら、僕も行きたかったです(ステージ内笑)。

 まあ、お前がなんか番号渡したらお前が行きゃいいだろっていう話なんですけど、そういうのほんと苦手て、ほんと……(そう言いながら髪をかきむしる香取さん)。

 あと生放送で、毎週20年間出さしていただいて、テレビに出ている僕ですけど、SMAPでも辛かったり苦しいときがあって……そんなときに、笑ってなきゃいけないだろ、辛いときもあって、「笑っていいとも!」って言うのが辛い苦しいときもあったりするんだけど、始まったら笑顔になっている自分がいて、苦しかったりするときに、昼間にいいとも見ると、タモさんやってたりみんなまたやってる。

 …ごめんなさい、ほんと…。

 ほんとありがとうございました。

 タモリさんこれからも、辛かったり苦しかったりしても、笑っててもいいかな?」

 

タモリ「(うつむきながら)いいとも」

 

香取「ありがとうございました」

 

 

香取さんの、「そもそもなんで終わるんですか?」については、

 

・いいともの視聴率が低下していたこと

・番組そのもののマンネリ化

・タモリさんの年齢が68歳で、今年の8月22日で69歳を迎え高齢となったこと

 

などの理由でいいともが終わったのではないかと、ネットのニュースでは報じられていました。

 

けれど、ここにきて、タモリさんの妻の存在がいいとも終了の真相ではないかという説も出てきました。

 

タモリさんの妻は、タモリさんが25歳のころに結婚されたとのこと。

 

もちろん私は、タモリさんが結婚していたことはわかっていましたが、25歳のころだったことは今回初めて知ったのでした。

 

いいともが始まったころに、タモリさんが個人事務所を作ったそうなんですが、その社長を務めていたのがタモリさんの妻だったとのこと。

 

しかも、両親の介護の問題があり、実家の福岡と東京を往復する生活を長年続けていたそうなんです。

 

ですが、2年ほど前から彼女自身も高齢ということもあって、体調を崩してしまうことが多くなったとのこと。

 

だから、タモリさんがこれまで奥さんにたくさん苦労をかけた分、これからは妻のために生きようと決意したのであれば、いいともの終了も止むを得ないかもしれないなと思いましたね。

 

2人目は、中居正弘さんの感謝のスピーチの内容です。

 

 

「タモリさん、32年間お疲れさまでした。

 僕がいいともに携わるのは、ちょうど2014年の4月ピッタリで20年になりました。

 振り返ってみますと、94年のこの4月、うーん…、まだ有名でもないですし、ジャニーズのアイドルとして人気もあるわけでもなかったですし、知名度もなく、ましてやマネージャーさんとかもいない僕らを、ますレギュラーとして迎え入れてくれて、まず深く感謝を申し上げたいと思います。

 ありがとうございました。

 やっぱり、バラエティって非常に残酷なものだなとも思います。

 おかげさまで、歌もやらさしてもらったり、お芝居もやらさしてもらったり、バラエティもやらさしてもらったり。

 歌の世界っていうのは、いずれかライブとかやれば最終日があって、ドラマもクランクアップがあって、映画もオールアップがあって、なんか始めるときに、そこの終わりを、ゴールに向かって、それを糧にして進んでいるんじゃないかなって思います。

 でも、バラエティは、終わらないことを目指して進むジャンルなんじゃないかなと、覚悟を持たないといけないジャンルなんじゃないかなと思いながら、いいともに出させてもらったのをきっかけに、僕はバラエティを中心に、SMAPとしてやらさせてもらおうかなと。

 非常にやっぱり、バラエティの終わりは寂しいですね。

 他のジャンルは、評判がよかろうが悪かろうが終わりがあるんですけど、バラエティって、ゴールないところで終わらなければならないので、こんなに残酷なことがあるのかなと…思います。

 当時俺と香取で、あのとき何もできなかったんですね。

 あれやろう、きょうはこの話やろう。

 でも、何もできなかったんですね。

 でも、番組を、タモさんをアシストすることが、楽しい番組を娯楽を提供する手段のひとつでもあるってことを、僕は学びました。

 残念ですね…。

 こんなに残念なことはないと思います。

 さっきも話してましたが、タモさんは、怒りもしないですし、ほめもしてくれない方でしたけど、ここようやく2年、3年4年前ぐらいから、ようやくご飯をタモさんと食べられるようになり、あるときお酒を飲んだとき、タモさんが、ま、酔っ払ってたこともあったんでしょうけど、僕のことをやさしく抱きしめて、やさしく頭をなでて、『中居、俺はお前に感謝しているからな。本気でお前のこと感謝しているからな』って言ってくれたのがすっごく、すっごくうれしかったです。

 いまこんな形でジャニーズとか、バラエティとかふつうにやってますけど、本当にいいともに俺と香取と出させてもらって、ジャニーズも、バラエティとか全然知らない、育て方とか知らない中、こんなチャンスを与えてくれてありがとうございました。

 20年間、ケガしたり病気したことで休んだことありました。

 でも、あっても僕は20年間アルタに通い続けました。

 ある人は、お正月になったら1年に1回休んでいる人がいて、なんでこの人、1年に1回ハワイに行くために、毎年毎年休みやがって…(自分のことを言われていたことがわかり、頭をうなだれる鶴瓶さん)。

 特大号のものまねで、自分がウケなかったからつって、不参加になって…(これには、鶴瓶さんタモリさんも苦笑するかのように大笑い)。

 誰かと比較するのは好きではありませんが、僕は20年間、本当に休むことなく、サボることなく、私的なことを除いてしっかりと全うできたと。

 20年間で、タモさんが、もう成人だから卒業していいんだよとおっしゃってくれてるんじゃないかなと、勝手に解釈をして、今後もいいとものレギュラーとして、いいともをずっとやってたんだよと胸を張って、恥じないように、今後もバラエティ、幅広いジャンルを含めてがんばっていきたいと思います。

 タモさんありがとうございました」

タモリ「ありがとうございました」

 

 

お昼のいいとも!や、年末の特大号にも火曜日レギュラーとして毎週出演していた中居さん。

 

それだけでなく、春や秋からスタートする新ドラマ前の特番があると、新ドラマに出演の俳優や女優さんを迎えても笑っていいともの春や秋の祭典スペシャルということで、必ずタモリさんと一緒に司会として出演していました。

 

それ以外にも、数々のバラエティ番組で司会者としての場数を踏んだためでしょうか。

 

TBSの「中居正弘の金曜のスマたちへ」や、日テレの「ナカイの窓」、テレビ朝日の「中居正弘のミになる図書館」などなど、次第にと司会者としての中居さんの冠番組が誕生することに!

 

それだけでなく、「ナカイの窓」のスペシャルでは、100人の芸能人を相手に司会で仕切ったり、春と秋、年末年始の特番でも「中居正弘の○○○○」という番組が次々と放送することに!

 

そんな、SMAPのリーダーやメンバーとしてだけでなく、司会者としても成長しがんばっている中居さんを、タモリさんはさぞかしうれしく思っていることでしょう。

 

そして最後の3人目は、中居さんのスピーチで「毎年1年に1回休んでいたのはこの方なんでしょうか?」と、グランドフィナーレの司会進行を担当していた西山喜久恵アナウンサーに言われたことで、気まずそうにマイクに向かっていたのは、いいともレギュラー歴27年の笑福亭鶴瓶さんでした。

 

以下は、鶴瓶さんによるタモリさんへの感謝のスピーチの内容となります。

 

 

「どうもタモリさんお疲れさまでございました。

 あれは去年の10月に、僕に電話がタモさんからかかってきて、『いいとも終わる』と。

『あんたそれで納得してんの?』と俺が言うたら、『感謝してる』と。

 この人すごいな。

 いやー、本当に感謝しているから、あぁー、こんな長い番組終わるのに感謝してるってすぐに言えるっていうのは、本当にすごい人やなと思ったんですね。

 僕はもういろいろタモさんに教えてもらいましたね。

 いろいろ怒られたりもした。

 みんな怒られてない言うけど、僕だけ怒られた…(ステージ上の歴代レギュラーたち、手を叩きながら笑い)。

 僕はどんだけ怒られたか。

 そんな怒られるような人間じゃないんに、『あーたダメだよ』とかね、いろいろ言われました。

 でも僕はタモさんにビックリしたんは、平等なんですよ、誰にでも。

 大スターが来てんのに、だいぶ前ですよ、いまはもう違うかわかりませんけど、外国の大スターとか、それから、あとあの、全米ヒットチャート1位の人でも、30秒しかないんですよ。

 俺ドキドキして、30秒でええのんって?

 で、最後に紹介して出てきたら、30秒で♪チャチャチャ(いいとものエンディング間近の曲)って言うて。

 そのタレントもビックリして、もう終わってんのというような顔をして、タモリさん平気なんですよ。

 こんなこと許されんの? って思ったんですね。

 いや、もっとすごいのは、俺としゃべってて、俺の思い出を俺に語ることがあるんですね。

 わかってやってはんのかなって。

 それ俺の思い出やん、って言えないんです。

 どっかで聞いたことやな?

 それ俺の、わかってやってるんですよ、たぶん。

 俺の思い出やでと思いながらも、ずっと、なんか気持ち悪い終わり方をしたんです。

 でも俺大好きで、この人。

(お昼のいいとも最終回で)BIG3ってきょう揃ったじゃないですか。

 たけしさんっていうのは素晴らしいし、もう会うとうれしいんですけど緊張するんですよね。

 さんまもね、僕より後輩なんですけど、会うとうれしいけど緊張するんですよ。

 なんで後輩に緊張せなあかんねん思うて。

 この人緊張しないんですよ、全然。

 そこがね、なんかええとこやなと思いますね。

 あの、いろんな人間の大きいとこ見てます。

 この人の別荘へ行って、別荘へ来てくれって行ったら、全部木が切られてるんですね、根こそぎ。

 木切ってくれ言うて、枝切ってくれって言うてるのに、根こそぎ切られてはるんですよ。

 俺やったらものすご起こりますよ。

 7つくらいこんなこぼく(【追記】参照)ができてるんですよ。

 そしてそんまま入って行って、『いやいや、あんたあれどうすんの?』『いや、切ってくれって言ったんだけども、間違ったのよね』って(笑)。

 そんな…そんなおかしいやん!

 早う電話せい! って俺言うたんですよ。

 で、電話しはったんですよこの人。

『もしもし、あ、きょうあの木切ってくれって言ったけど、…あっ…あそっ…そうか…うん…枝だったんだよ』って言って切って。

 あれ、あと何十年またあないなんねんで。

 最低やこの人、おかしいやないかって思うことなんべんもありました。

 せやけど、僕ものすご救われたことがあって。

 あの、これ言えないですけど、あることでものすごく落ち込んでたら、その当時ホテルに泊まっていたころてすよ。

 そしたら電話がかかってきて、『きょうどうしたの?』と言うんですよ。

 あんなん珍しいですよね。

 まだ携帯もない時分ですよ。

『どうしたんだ?』というと『なんかおかしかったよね』って。

 ものすごおかしかったことがあるんですよ、言えないですけど…(タモリさん苦笑)。

 ほんと助けてもらったんですよ。

 なんか安心するんですよね、この人に会うと。

 それから、ズタズタ人のところに入ってくるんですよね。

『あの(TBSで毎週金曜日23時から放送のトーク番組)『Astudio』の終わりは、なんか澄ましてしゃべって終わるけど、嫌だよねあれって』。

 こんなね、あんなこと言われたら腹立つやろ。

『(NHK総合で毎週月曜日の20時から45分間で放送されている、ぶっつけ本番の旅番組)「(鶴瓶の)家族に乾杯」もウソくさいよ』。

 最低ですよこの人。

 それでも何か、なんか救われるんですよね。

 なんか不思議な人ですよね。

 だからこれ芸人が、いま見ている人、いいとものレギュラーになれなくて終わっていった人ってかわいそうですよ。  

 それからいま高校生でも、お笑いになりたいのに、いいともに出たいって思う人いてはるやないですか。  

 それが閉ざされているんですよ。  

 やっぱね、タモリさん、なんかどないしたらええの。  

 芸人にとって港みたいな人なんですね。  

 これ、作らなあかんよこの人の番組、フジテレビ。  

 フジテレビも、こんな港なくなったら路頭に迷うで。  

 だから、絶対に作らなあかん思うね、タモさんに会えるところを。  

 ぜひあの、フジテレビの方作っていただきたいと思います。  きょうは本当にお疲れさんでした。  

 また僕はしょっちゅう、これから落語とかいろいろとやらしていただくんで、よろしくお願いします。  

 ありがとうございました」

 

 

鶴瓶さんのスピーチで、

 

「これ、作らなあかんよこの人の番組、フジテレビ。  フジテレビも、こんな港なくなったら路頭に迷うで。  だから、絶対に作らなあかん思うね、タモさんに会えるところを。  ぜひあの、フジテレビの方作っていただきたいと思います」

 

のところは、私も強く共感したのでした。

 

特に、「タモリ・さんまの日本一の最低男」のようなトークコーナーは、いいともをもって終わらせてしまうのはあまりにも惜しいです。

 

できれば、またいいともとは違う形でタモリさんとさんまさんのトーク番組が復活してほしいなと思っています。

 

タモリさんとさんまさんのトーク番組といいうと、そういえば、かつて日本テレビ系列でも、「タモリ&さんまの爆笑タッグマッチ」というタイトルの番組が放送されていたことがありました。

 

この番組は、1987年1月1日から過去2度にわたり、不定期で放送され、旬の女優数人をスタジオに招き、司会のタモリさんと明石家さんまさんとトークを展開するバラエティ番組として、夜の19時から2時間で放送されることに。

 

ちなみに進行役は、当時日本テレビのアナウンサーだった木村優子さんが担当していました。

 

【追記】

鶴瓶さんが感謝のスピーチで言っていた「こぼく」という言葉には、年を経た樹木、老木という意味の古木(こぼく)。

 

枯れた立ち木、かれきという意味での枯木(こぼく)の2つがありました。

 

でも鶴瓶さんは、スピーチの中で「根こそぎ切られた」と言っています。

 

つまり、根こそぎ切られた後の7本の木は、古木や枯木てはない「切り株(木を切った後に残る根元部分)」になっていたことになるわけなんですね。

●そしてタモリによる、「笑っていいとも!グランドフィナーレ 感謝の超特大号」を締めくくる、いいともの番組としての最後のごあいさつ

 

いいとも現レギュラー陣によるタモリさんへの感謝のスピーチも済み、グランドフィナーレ終了まであと6分なったとき、タモリさんによる、「笑っていいとも!グランドフィナーレ 感謝の超特大号」を締めくくる、いいともの番組としての最後のごあいさつがありました。

 

これについては、お昼のたけしさんのようなNGワードもなかったことから、そのまま文章に起こした内容を紹介させていただきます。

 

「(ステージの現メンバーと、観客席の歴代メンバーが一斉に立った中で)すいません。

 立っていただいて申しわけありません。

 あのー、こんなに集まっていただいて本当にありがとうございました、お忙しい中。

 感謝します(拍手)。

 出演者スタッフのおかげで32年間無事にやることができまして、感慨っていうのがまだないんですよね。

 ちょっとホッとしただけで、来週の火曜日くらいにくるんじゃないかと思います。

 明日もアルタに行かなくちゃなりません。

 楽屋の整理がありますからね。

 私物がいっぱい置いてありますんで。  みなさんのおかげで、本当にここまで来ることができました。

 まあ、考えてみれば、気持ちが悪い男でしてね。

 こういう番組で以前の私の姿を見るのは、私大嫌いなんですよね。

 なんかこう、気持ちが悪い。

 濡れたしめじみたいな感じ(一同笑)。

 イヤーなヌメーとしたような感じで、本当に嫌でして、私いまだに自分の番組を見ません。  また、それで性格が当時ひねくれておりましてね、不遜で生意気で、世の中舐め腐ってたんですね。

 そのくせなんにもやったことがないんですけど、これがどうしたわけか、初代の亡くなられました横澤プロデューサーからおおせつかりまして、ま、だいたい3ヶ月か半年くらいで終わると思ってたら、この32年になりました。      

 まあ生意気なことでやってたんですけど、その長い間に視聴者のみなさまがいろんなシチュエーション、いろんな状況、いろんな思いでずーっと見てきていただいたのが、こっちに伝わりまして、私も変わりました。

 なんとなくタレントとして形を成したということなんです。  視聴者の皆さま方から私に、たくさんの価値をつけていただき、またこのみすぼらしい身に、たくさんのきれいな衣装を着せていただきました。

 そして今日、ここで皆さま方に直接お礼をいう機会をいただいたことに感謝したいと思います。  32年間本当にありがとうございました。

 お世話になりました」

 

 

まさに、いいともの本当の最後を締めくくるにふさわしい、タモリさんによる素晴らしいあいさつでした!

 

さらには、草彅さんの提案により、出演者全員「ウキウキWatching」を歌うことに。

 

そして、グランドフィナーレのエンディングとなったタモリさんの最後の言葉は、やはりいつものあの掛け声だったのでした。

 

タモリ「それじゃ、また明日も見てくれるかな!」

 

グランドフィナーレ出演者全員「いいとも~!」

 

●産経新聞から号外が発行! Yahoo!JAPANもトップページでいいともの最終回をお祝い!

 

3月31日の、いいともお昼の最終回とグランドフィナーレが放送された日には、なんとあの産経新聞から32年間「ありがとう」というタイトルの号外が発行されたとのこと! また、同じく3月31日の夜に、私がブラウザを開いたときにスタートページに設定しているポータルサイトの「Yahoo!JAPAN」のトップページのまん中に、

 

「笑っていいとも!(←本来はおなじみのロゴマーク 最終回祝ってくれるかな?」

 

の下に、白い文字で「いいとも」と書かれた赤いボタンをクリックすると「現在○○○○○○祝!」という数字が赤でユーザーさんたちが応援した回数がわかるという仕掛けがされていたのを発見したのでした!

 

もちろん、私もお祝いのクリックをしました。

 

下のリンクをクリックすると、3月31日に表示されていたYahoo!JAPANのトップページの画像の一例がご覧になれます。

 

Yahoo!JAPANのトップページでもいいとも最終回をお祝い!

 

●グランドフィナーレ終了後はホテルで大打ち上げパーティーが開催! エイプリルフールにも打ち上げ?

 

グランドフィナーレ終了後は、近くのホテルの宴会場に場所を移し、総勢600名による大打ち上げパーティーが行なわれたそうです。

 

タモリさんが会場に姿を見せると、出席者全員がタモリコールでお出迎え。

 

そして、タモリさんによる、

 

「また機会があったら、協力してください。

 手を貸してください」

 

と、いいともが終わっても、今後もバラエティ番組の司会への積極的な意欲を見せていたようなあいさつの後、

 

「日本のバラエティに乾杯」

 

という発声で乾杯が行なわれたそうです。

 

考えてみれば、いいともが終わってもタモリさんが芸能界を引退するわけではありません。

テレビ朝日の音楽番組「ミュージックステーション」や、毎度おなじみ流浪の番組「タモリ倶楽部」もまだまだ続くみたいですからね。

 

そんな大打ち上げパーティーは、早朝の5時まで続いたとのこと。

 

私はこのことを、ネットのニュースの前に、YouTubeで見たふなっしー関連の動画で知ったのでした(笑)。

 

しかも、名残り惜しいのか、4月1日のエイプリルフールの日には、芸能人御用達のうどん店に、SMAPの中居正弘さん、香取慎吾さん、とんねるずの石橋貴明さん、爆笑問題の田中裕二さん、さまぁ~ず、千原ジュニアさん、タカアンドトシ、劇団ひとりさん、ローラさん、ベッキーさんといった、元いいともメンバーが集結!

 

そしてタモリさんも参加していたなど、かなりの豪華メンバーで行なわれた集まりは、中居さんが企画して実現した飲み会でもあったということでした。

 

ということで、タモリ・さんまのトークを録画し、面白かったトークはカセットに録音して音声で楽しんだことがあったくらい、いいともの番組が好きだったことと、この記事を書いたご縁によりまして、ブロガーである私からも、タモリさんに感謝を申し上げたいと思います。

 

あらためまして、タモリさん、32年間本当にお疲れさまでした!

 

 

以上、私による「笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号」の記事をお送りいたしました。

 

 

★もうチョコっと一言!

笑っていいとも!というと、そういえば、かつていいともが終わってすぐ、月曜日~金曜日の13時から30分番組としてスタジオアルタで生放送されていた「ライオンのいただきます(現ライオンのごきげんよう)」という番組がありましたよね。

 

私も見たことがありましたが、とにかく熟練した芸能人のおばさま方が登場し、お悩み相談や、視聴者からのハガキをもとに、歯に衣を着せぬトークをくり広げていた印象があります。

 

特に、2007年に79歳で亡くなられた、黒柳徹子さんも驚くような大きく結った独特のヘアスタイルと、上品な口調で下ネタを連発していたことで人気を博した故・塩沢ときさんは、いただきますのおばさんメンバーの中でもかなり強烈でしたね。

 

最初、「いただきます」は、いいともが始まったと同時に始まった番組と思っていました。

 

ところが、ネットのニュースで、「ごきげんよう」の司会を担当している小堺一機さんによる、いいとも振り返る記事を読んだところ、意外にも「いただきます」が始まったのは、いいともが2、3年に入るときで、500回記念くらいを迎えたころだったとのこと。

 

調べてみると、いいともが始まったのが1982年10月4日だったのに対し、いただきますは1984年10月1日からだったそうです

 

ちなみに、「いただきます」は1984年10月1日~1989年9月29日までで、続篇番組である「いただきますⅡ」が1989年10月2日~1990年12月28日まで放送されることに。

 

現在も続いている「ライオンのごきげんよう」は、1991年1月7日から始まっていた番組であったことがわかりました。 (743)

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どうもどうも、お久しぶりのテレビ好きです…。

 

次の記事を更新するまで、えらく日数がたってしまいました。

 

というのも、今回の記事で取り上げたテレビ番組は、あまりにも企画が盛りだくさんで、どこをどうまとめていいのか迷ってしまったからです。

 

しかも、今回の対象となったテレビ番組を録画していたことから、なおさらどうまとめていいのか悩んでしまったのでした。

 

それでも、やっとこうやって更新できました。

 

そのやっと更新できた記事とは、先月の2014年3月31日に放送された、「笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号(以下、グランドフィナーレ)」です。

 

グランドフィナーレは、新宿スタジオアルタから、フジテレビのスタジオへと舞台を移し、放送時間は3時間14分。

 

もちろん生放送で行なわれました。

 

オープニングは、現在のオールバックの髪型から、まだ横分けだったころのいいともの司会者であるタモリさんの映像が、西暦を通じてさかのぼった後、最初は第1回放送のいいとものセットを再現した中でのオープニングで、noon boyzによるダンスとともにタモリさんが登場。

客席にいた大勢のスタッフたちの前で、「ウキウキWatching」を歌ったのでした。

 

その後ゆっくりとタモリさんが、特大号にふさわしいセットへと移動しながら、月曜~金曜日のレギュラー陣と一緒に、あのビッグバンドジャズ風にアレンジされた曲を歌いながら、総勢77名の歴代レギュラーが集結!

 

1982年からおよそ32年間にわたってお送りしてきた笑っていいとも!ですが、3月31日のお昼の放送をもってその幕が降りました。

 

この記事では「笑っていいとも!グランドフィナーレ 感謝の超特大号」ということで、3時間14分の生放送について、私なりに書いてみたいと思います。

 

なお、手抜きをするわけではありませんが、私のメインブログである「続きは、CMのあとすぐ!」のcommercialさんからの許可をいただき、3月31日の笑っていいとも!のお昼の最終回について、以下の記事のリンクを貼りました。

 

よろしければ、クリックしてお読みになってみてくださいね。

 

2014年4月4日

2014年3月31日 ついにお昼の「笑っていいとも!」が最終回を迎えました!

 

なおこの記事は、笑っていいとも!最終回をお祝いする意味で、すでに「続きは、CMのあとすぐ!」のブログで、2014年4月9日に更新の、放送回数8054回で32年間の放送に幕! 笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号 の内容と連動したジョイント記事となります。

 

●オープニングから吉永小百合が登場! ただし残念ながら中継での出演に

 

グランドイフィナーレのオープニングでは、最初のスペシャルゲストとして、早くもタモリさんが憧れの、ベテラン女優の吉永小百合さんが登場しました! 

 

しかし、残念ながら吉永さんは、成島出監督で、2014年10月11日公開の映画「ふしぎな岬の物語」の撮影て千葉県の南房総市におられたため、グランドフィナーレが放送されていたフジテレビのスタジオに来ることはできませんでした。

 

これについてネットのユーザーさんの中には、中継先が千葉県であったことから、「フジが本気になれば、ヘリでも飛ばしてスタジオに呼ぶこともできたはず」という意見もありました。

 

私も、距離的には可能であったことから、同じくそう思ったのでした。

 

けれど、今回の「ふしぎな岬の物語」で、吉永さんは主演だけでなく、55年の映画人生で初めて企画に携わったことで、プロデューサーも務めることになったそうです。

 

ゆえに、主演&プロデューサーを務める事情により、残念ながらテレビ画面にによる中継での出演となってしまったみたいなんですね。

 

それでも、タモリさんにとっては、約30年前に日本テレビで放送されていた、タモリさん司会の音楽番組「今夜は最高!」で共演して以来の吉永さんとのテレビ共演であったこと。

 

また、吉永さんによると、「ふしぎな岬の物語」の劇中では船のシーンがあり、

 

「今回初めて船を操船するんですね、映画の中で。

 それで、タモリさんのことを思いながら、タモリさんも大きなクルーザーとかで海に出ていらっしゃるので、いつかぜひ乗せていただきたいと思いながら、きょうも海に出て撮影していました」

 

とおっしゃっていました。

 

その吉永さんの言葉に、タモリさんは迷うことなく「いいとも!」と快諾。

 

テレフォンショッキングのコーナーがスタートしたのも、これが始まるといつか(吉永小百合さんに)つながるだろうと思って始めたのもあったとタモリさんはおっしゃっていたのでした。

その結果、中継ではあったものの、最後に吉永さんとつながることができたわけです。

 

それだけでなく、吉永さんからのプレゼントで、「もしご旅行にいらっしゃることがあったら、そのお供にそれを持って行っていただきたいという思いでいるんですけども」、ということで、吉永さん直筆による以下のメッセージが入った目録が。

 

「タモリさま

 三十二年間

 ほんとうに

 ほんとうにお疲れさまでした

 どうか少しでもお休みが

 とれますようにと

 願っております

 旅のお供に持っていただけ

 ましたら嬉しいです」

 

そんな直筆のメッセージをタモリさんが読み上げた後、黒いケースに入ったプレゼントが登場しました。

 

中身は、「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」という高級ブランドによる黒のカバン(ボストンバッグかトートバッグのような感じ)で、タモリさんもどうやら気に入った様子。

 

花束も届いていて、タモリさんにも渡されましたが、映画の撮影中のため、

 

「本当におうかがいして、花束を渡したかった」

 

と、本当に申しわけなさそうに話していた吉永さん。

 

そして最後に、今度はタモリさんが、

 

「また私と食事をしてくれるかな?」

 

と吉永さんに問いかけると、吉永さんは、

 

「いいとも~!」

 

と、元気な声で応じたのでした。

 

まさに、タモリさんにとっては、顔や耳が真っ赤になりながらの、夢のひと時でもあったみたいですね。

 

それでも、タモリさんはマイクのスポンジの部分を取って鼻につけたり、ボッテガ・ヴェネタのカバンを持ちながら、黒いケースを入っていた巾着を肩に羽織った姿を見せたことで、テレビ画面で出演していた吉永さんを大笑いさせていたこともあったのでした。

 

●「タモリ・さんまの日本一の最低男」もグランドフィナーレで復活!

 

グランドフィナーレでは、「タモリ・さんまの日本一の最低男」のコーナーも再び復活していました!

 

けれど、後で録画したグランドフィナーレの番組をよく見たところ、最初はテレフォンショッキングのセットで、タモリさんに直接会ってお疲れさまを言いたい、いいとものレギュラーということで、始めに、1984年4月から11年半レギュラーだった明石家さんまさんを迎えることに。

 

それが、トークの途中でさんまさんの提案により、急きょあの小さな丸いテーブルが用意され、「タモリ・さんま日本一の最低男」のコーナーが復活していたのでした。

 

それでも、テレフォンショッキングのセットでは、

 

テレビタモリンピックで障害物レースをしたとき、さんまがウケようとして網にワザと引っかかり、「さんまが捕れた!」とギャグをしたそのときはドッカーンとウケたが、タモリンピックは真面目にやってくれとディレクターは抗議。

 真面目にやったら俺の個性が死んでしまう。

 それで、真面目にやらなければならないのなら辞めるといって辞めたという話。

 

テレビ最初にタモリの髪型をズラと言い出したのはさんまだったという話。

 

などのトークがくり広げられることに。

 

CM明けには、かつてのいいとも金曜日の人気コーナーでもあった「タモリ・さんま日本一の最低男」が丸いテーブルとともに復活していたのでした!

 

ここでも、

 

テレビいいともが始まるときに、「オレたちひょうきん族」と「笑ってる場合ですよ」(いいともの前番組)のメンバーは使わないと、ひょうきん族の初代プロデューサーでもあった横澤彪さんが豪語。

 しかし、1984年2月のテレフォンショッキングで、ひょうきん族のレギュラーであったさんまが出演していたことで、もう使わざるを得ないような気持ちにさせたらしい。

 それで、半年後にいいとものレギュラーとなったという話。

 

テレビ日本一の最低男のコーナーで紹介され、話題となった、吉永小百合の「奈良の春日野」の曲は、関根勤と小堺一機のラジオでこの曲が紹介されていたのをさんまさんが聴いたのがきっかけだった。

 その後、ひょうきん族で採用され、「奈良の春日野」をBGMに、さんまと渡辺正行が鹿の着ぐるみを着て、曲のメロディに合わせ振り付きで踊るようになったという話。

 

テレビひょうきん族のアホちゃいまんねんパーでんねんのキャラクターは、月亭八光(つきていはちみつ・落語家の月亭八方さんの息子で、同じく落語家)が6歳のころに考えたギャグを、さんまさんがいいともで発表し、後にひょうきん族に持って行って採用されたものだったという話。

 

テレビたけしさんが「殿」、萩本欽一さんが「大将」、さんまさんが「若」と呼ばれていたように、タモリもニックネームが欲しいと全国から募集し、数万人の応募の中から「チーママ」に決まったことがあった。

 ところが、チーママに決まった翌週から、タモリは一切そのことに触れずじまいだったという話。

 

テレビまださんまさんが結婚していたころ、家の新築で近所に迷惑をかけることになった。

 そこで、近所のご機嫌をとるために、さんまの自宅でもちつき大会が行なわれることに。

 そのさんまのもちつき大会にタモリが訪れた際、あいさつもなしに家の中に入り、1人でこたつの中に入っていたという話。

 

など、次々と思い出話が、タモリさんとさんまさんの舌好調ともいえるトークで語られたのでした。

 

◆日本一の最低男のコーナーが長びいたことで、しびれを切らしたかのようにダウンタウンとウッチャンナンチャンが登場!

 

テレフォンショッキングのコーナーを含め、日本一の最低男のコーナーが始まってからすでに30分以上が経過していました。

 

そこで、ついにしびれを切らしたかのように、

 

「オォーイ!むかっ

 長ーい!

 長い!

 

と叫びながら登場したのは、白いガムテープを手にしたダウンタウンの浜田雅功さんと、松本人志さん、ウッチャンナンチャンの南原清隆さんと内村光良さんの4人!

 

浜田さんは、登場するいなや、「長ーい!」と言ってさんまさんに激怒し、持っていたガムテープをさんまさんの口に貼ってしまうのでした。

 

松本さんは、さんまさんと会うやいなや、「ウソばっかし」を連発するものの、

 

「まだまだ売れるわこの人!

 まだまだ売れる」

 

とさんまさんを絶賛。

 

しかもさんまさんは、ガムテープを口に貼られた状態であったにもかかわらず、ジェスチャーだけでも笑いをとっていたことから、松本さんは、

 

「しゃべらなくても笑える。

 まだまだ売れる!」

 

と、今度はしゃべらないさんまさんも絶賛することに。

 

また松本さんは、

 

「ええなぁ~…。

 やるだけやってええなぁ~」

 

と、さんまさんをうらやましがるようにも言ってましたね。

 

ダウンタウンと一緒に登場したウッチャンナンチャンというと、いまや日テレのお昼の情報番組「ヒルナンデス!」のメイン司会者である南原さん。

 

翌日の汐留が気になる(?)中、それでもグランドフィナーレで登場した際は、後でローラさんからもリクエストがあった、なつかしの「ナンバラバンバンバン」のダンスを披露してくれたのでした。

 

●他のバラエティ番組ではまず実現不可能な、タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナイン×笑福亭鶴瓶夢の組み合わせと超豪華共演が現実に!

 

先に登場した、ダウンタウンとウッチャンナンチャンからしばらくして、

 

「長げぇよ!

 長げぇよ!」

 

と言って登場したのは、先月いいともの不定期新レギュラーになったばかりのとんねるずの石橋貴明さんと木梨憲武さん。

 

その後すぐ、爆笑問題の太田光さんと田中裕二さんも登場したのでした。

 

実はとんねるずの登場前、松本さんは「とんねるずが来るとネットが荒れる!」と言っていたんです。

 

そこで、いいタイミングで出てきてくれたとばかりに、

 

「もう1回言うけど、ネットが荒れる!」

 

と、まるでネットが荒れるのを望んでいるかのごとくの発言をしていましたね。

 

その松本さんの発言をさらにあおるかのように、

 

「荒れろ荒れろ!

 荒れろ!」

 

と叫ぶ太田さん。

 

さらには、

 

「順番抜かし!

 順番抜かし!」

 

と言って、ナインティナインの岡村隆史さんと矢部浩之さんも登場したのでした!

 

次々と、いいともゆかりの有名お笑い芸人が登場していることに、

 

「これ、プロレス?」

 

とタモリさんが言っていたように、グランドフィナーレのステージ上では、プロレスで言うところのバトルロイヤル状態となっていたのでした。

 

しかもこの時点で、

 

タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナイン

 

といった、他のバラエティ番組でも見たことがない、夢のような組み合わせと超豪華な共演が、グランドフィナーレのステージ上で実現していたのでした!

 

その後、「おすぎとピーコ出てこいや!」と松本さんが叫んだことで、なぜかおすぎとピーコの2人がステージに。

 

「中居もこいや」、とナイナイの岡村さんが誘ったことで、SMAPの中居正弘さんも「整理しよう整理しよう」と言いながらステージへ。

 

あまりにもタモリさんをのけ者にし、ステージで皆が好き勝手放題やっていることから、

 

「これ俺の番組だろ!むかっ

 

とタモリさんが激怒する場面も。

 

けれど、歴代メンバーであるオスマン・サンコンも、憲武さんに連れられてステージに上がってきてハグをし合ったり、元長野県知事で、作家の田中康夫さんがステージに登場すると、なぜか太田さんが田中さんを、プロレスの技でいうところの「チョークスラム(喉輪落とし)」をお見舞いするなど、好き勝手でバラッバラの状態は収まることかありませんでした。

 

ADからは、「みなさんで仲良くお話ししてください」というカンペが出たものの、いまのままの状態だとなかなかそうはいきません。

 

その後、何度も、ナインティナインの岡村さんが「タモリさんお疲れさまでした!」とねぎらうものの、間が空いたらお礼を言っているだけに過ぎず、とてもタモリさんをねぎらっているようには見えませんでした。

 

最初はありがとうと感謝していたタモリさんも、さすがに何度も「タモリさんお疲れさまでした!」と言われるとうんざりした表情を見せていましたね。

 

そのうえ、大田さんによる、

 

「ハッキリ言って、このメンバーで仲良くなれるわけねぇじゃねえか!」

 

という発言や、タモリさんに労いの言葉をかけてほしいという中居さんに対し、

 

「タモリさんのおかげで、こうして仲悪い人たちと会うことができましたからね」

 

という爆弾発言も飛び出したのでした!

 

●ステージ上の超豪華メンバーの場を締めるのは笑福亭鶴瓶に?

 

とにもかくにも、タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナインといった、お笑い芸人の超豪華メンバーが集まったことで、ステージ上がメチャクチャになっていたことから、誰かがこの場を締めなければなりません。

 

そこで、満を持して呼ばれたわけでもないんでしょうが、憲武さんに連れられてステージに登場したのは笑福亭鶴瓶さん。

 

これにより、 

 

タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナイン×笑福亭鶴瓶

 

と、これこそ、他のバラエティ番組ではまず実現不可能かもしれない、夢の組み合わせと超豪華共演が現実のものとなったのでした!

 

自らもお笑いの大ベテランであるにもかかわらず、

 

「俺、こんなとこよう入らへんわ…」

 

と、お笑い芸人の超豪華メンバーの中に入るのを嫌がっていたような鶴瓶さん。

 

それを、

 

「いつものお得意の入り方」

 

と言ってさんまさんがツッコんで茶化し、お昼の最終回でやったエイの裏側のものまねや謎かけまで求められたことから、

 

「お前絶対売れるわ、ホンマに」

 

と、松本さんに続き、鶴瓶さんも後輩であるはずのさんまさんが売れるとの発言をしたのでした。

 

ただ、その夢の組み合わせと豪華メンバーのひと時は長くは続かず、鶴瓶さんが登場したCM明けに、もうさんまさんはいなくなっていましたけどね。

 

また憲武さんは、観客席にいた歴代のレギュラーの中から、脚本家の橋田壽賀子さんや、元いいとも青年隊の「半熟隊」だった神田利則さん、俳優の柳沢慎吾さんらを連れてステージに上げていたという、少し意味不明な行動をとっていました。

 

そのうえ、レギュラーをステージに上げた後はほったらかしだったというのが憲武さんらしかったですね。

 

あと、オスマン・サンコンさんがステージに上がった際、腕にカシオの白い「Gショック」の腕時計をつけていたことから、

 

「サンコンがGショックって!」

 

と、松本さんがツッコんだところは、私的にいちばん面白かったですね。

 

それにしても、私もさんまさんには、タモリさん、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンとのトークに入ってくるタイミングの良さと絶妙な間。

 

浜田さんにガムテープを口に貼られたにもかかわらず、即座に「ガムテープおじさん」とも言えるようなキャラを作り、トークに割って入った後に戻るいいポジションも確保。

 

しかも、「まだまだ売れる!」という松本さんの言葉に、「そんなん言わんでも、もう十分売れてるんやけどな」と言って傲慢になることもなければ、売れていることを否定しているわけでもありませんでした。

 

さらには、サンコンさんがステージに上がってきたのをきっかけに、「(葬儀で)お焼香を食べたことがある」という、さんまさんによるサンコンさんの面白エピソードも披露されることに。

 

なおかつ、グランドフィナーレで復活した「タモリ・さんまの日本一の最低男」のコーナーが、私のブログの記事にするために、何度見直しても面白いときています。

 

これを見て、さすがはお笑い怪獣と呼ばれるさんまさんだけあると思ったとともに、「タモリとさんま、まだまだ売れる!」ということを実感しましたね。

 

●奇跡とも言える夢の組み合わせになったのは、やはりとんねるずの石橋貴明がキーマンだった!

 

何度もしつこいようですが、

 

タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナイン×笑福亭鶴瓶

 

は、まさに夢の組み合わせであり、超豪華な共演でもありました!

 

これについて、ネットのニュースサイトでは、「日本一の最低男」のコーナーにダウンタウンとウッチャンナンチャンが登場した際、松本さんが、「とんねるずが来たらネットが荒れる!」と発言したことが注目されていました。

 

おそらくは、それを見ていた、楽屋にいたとんねるずの貴明さんが、それならお望み通りにしてやろうかと思ったのでしょうか?

 

自身のマネジャーに、

 

「(木梨)憲武に行くぞって言え」。

 

続いて、爆笑問題の楽屋に向かい、

 

「おい、殴り込みに行こうぜ」

 

と、貴明さんはグランドフィナーレのステージで発言していたことがあったのでした。

 

そして、とんねるずと爆笑問題が、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンに次いでなだれ込んだことで、奇跡ともいえる共演となったということでした。

 

私も見て、本当にあれは奇跡とも言える夢の超豪華共演だったなぁ~と実感したのでした。

 

なにしろダウンタウンは、とんねるず、爆笑問題とは不仲説や共演NGがネットでもささやかれていたんですからね。

 

けれど、4月7日にフジテレビで放送された「HEY!HEY!HEY!2014超豪華アーティストにゴリゴリ絡みましたSP“春”」の音楽特番でSMAPが出演し、「笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号」について語った際、浜田さんがとんねるずのことを、

 

「なんで仲悪いと思われてんのか。

 絡んだことないのに仲悪いもないやん」

 

つまりは、グランドフィナーレでのあの夢の共演で、ダウンタウンととんねるずはテレビ番組で

初めて絡んだいうことになるわけなんですね。

昨日のHEY!HEY!HEY!の特番といえば、松本さんが、タモリさんとさんまさんのトークコーナーが長くなりそうだからどうしようと、ウッチャンナンチャンと、相方の浜田さんの楽屋に行って相談していたこと。

 

浜田さんが白いガムテープを持って登場したのは、意外にも松本さんが指示したもので、浜田さんは嫌がっていたとのこと。

 

かつて、27時間テレビでダウンタウンとさんまさんが共演した際、浜田さんがさんまさんの頭を思い切り叩いたことで、「俺先輩やぞ!」と怒られ、それがトラウマになっていたと、浜田さんが話していたのでした。

 

●ビートたけしも出ていれば、かつてのBIG3を含めた、まさにレジェンドとでも言うべき超豪華共演に!?

 

まあ欲を言えば、この組み合わせに、お昼のテレフォンショッキングに出演のビートたけしさんも、グランドフィナーレでのあのステージに来ていたとしたら、かつてのBIG3を含めた。

 

タモリ×明石家さんま×ダウンタウン×ウッチャンナンチャン×とんねるず×爆笑問題×ナインティナイン×笑福亭鶴瓶×ビートたけし

 

という組み合わせだったとしたら、もはや夢の超豪華共演という言葉では足りない、それこそレジェンド(伝説)とでも言うべき超豪華共演となっていたことでしょう!

 

話を戻して、そんなこんなで、一時はステージ上がメチャクチャな状態となったものの、いいともの歴代メンバーによるステージ上での記念撮影の後、タモリさんを胴上げ(6回)することに。

 

これにより見事締めることができ、夢のようなひと時と超豪華な共演はお開きとなったのでした。

 

 

この後もグランドフィナーレはまだ続くのですが、この時点でかなり記事が長くなってしまいました。

 

そこで、グランドフィナーレの続きは次の記事で書くことにしたいと思います。

 

なお、何度も何度も下書きをくり返してきたことから、いつもなら次の記事まで2日~3日かかるところを、あまり時間を置くことなく更新の予定です。

 

 

★もうチョコっと一言

笑っていいとも!の最終回に関する掲示板を見てみたところ、意外にもいいともをあまり見たことがないというユーザーさんがけっこう多く見られました。

 

考えてみれば、いいともが放送されている平日の月曜日~金曜日のお昼というと、サラリーマンなら外に出て昼食をとっている時間帯でもあります。

 

中には会社内に専用の社員食堂があり、そこで昼食をとっている方もおられるでしょうけどね。

 

でも、平日は見たことがないとしても、毎週日曜日の午前10時から放送されていた「笑っていいとも!増刊号」(以下、増刊号)は見たことがある方は多いのではないでしょうか?

 

増刊号では、放送終了後のトークを含め、ダイジェストではあるけれど、先週に放送されたいいともの各曜日のコーナーが見られたりしますからね。

 

ただ、タモリ・さんまのトークコーナーがあったころ、増刊号でも放送されることがありましたが、放送されないときもありました。

 

そこで私は、それを逃すまいと、かつてさんまさんがいいとものレギュラーだったころ、金曜日だけはタモリ・さんまのトークコーナーを含めたいいともを毎週のように録画していたのでした。

 

もちろん、使用していた録画機器はビデオで、しかも重ね撮りに強い120分タイプでしたけどね(それも標準ではなく3倍モードで…笑)。 (969)

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