Monthly Archives: 9月 2014

SMAPの草彅剛さんがMCを務めていたフジテレビ系音楽番組「僕らの音楽 Our Music(以下、僕らの音楽)」と、堂本剛さんと堂本光一さんのKinKi KidsがMCの、同じくフジテレビ系の音楽番組「新堂本兄弟」の2つの音楽番組が、9月いっぱいで最終回を迎えたことがわかりました。

 

「僕らの音楽」は、ソニーが提供の、毎週金曜日23時30分から30分番組で放送されていた、今の時代にはまだない、 音楽のリアリティをそのまま伝える、 純粋でストレートな音楽番組として、2004年4月3日にスタートしました。

 

坂本龍一さん×常盤貴子さん

向井秀徳×椎名林檎さん

藤井フミヤさん×松たか子さん…etc

 

といったように、音楽番組としてはまず交わることのない同士が出演し、時に対面でのトークあり、セッションありなど、まるで毎週日曜日の18時~18時30分の時間帯で放送されている「SHIONOGI MUSIC FAIR(シオノギ・ミュージックフェア)」にも似た作りで、私もけっこう好きな番組でもありました。

 

★チョコっと一言!

実は「SHIONOGI MUSIC FAIR」は、1964年8月31日に放送が開始され、曜日と時間帯が頻繁に変わりながらも、長期にわたって放送されている長寿番組でもあります。

 

その「僕らの音楽」が、9月19日の放送で最終回を迎え、終了となりました。

 

一方、「新堂本兄弟」は、フジテレビ系列で1996年10月5日~2001年3月31日まで、毎週土曜日の23時30分~24時まで放送されていた音楽番組「LOVE LOVE あいしてる」の後番組として、2004年10月17日にリニューアルした「堂本兄弟」をリニューアル。

 

「LOVE LOVE あいしてる」「堂本兄弟」「新堂本兄弟」のいずれも、KinKi KidsがメインのMCを務めていた音楽番組でもありました。

 

その「新堂本兄弟」も、9月28日の放送で最終回を迎え、終了となりました。

 

●打ち切られた理由は、「僕らの音楽」「新堂本兄弟」のプロデューサーの口パク禁止令に大手芸能プロダクションやレコード会社が猛反発したから?   

 

それにしても、10年以上も続いたという「僕らの音楽」。

 

「新堂本兄弟」にいたっては、先ほどの「LOVE LOVE あいしてる」のころからを含めると13年を超す長寿番組でもありました。

 

これといった大きなトラブルもなく、視聴者からも好評を博していた2番組が、なぜ9月いっぱいで打ち切られてしまったのでしょうか?

 

それについてネットのニュースサイトでは、「僕らの音楽」「新堂本兄弟」の両番組を担当していた名物プロデューサーのきくち伸さんが、番組に出演する歌手に対して、生歌を強制する方針を示した“口パク禁止令”を発動したことで、芸能プロダクションやレコード会社が猛反発。

 

芸能プロダクションの中には業界大手もあり、きくちさんの口パク禁止令に、大手所属事務所はフジテレビからの全面撤退ををチラつかせたことがあったそうです。

 

そのようなことかあったため、ネットのニュースではフジの亀山千広社長が事務所サイドに謝罪し、フジの上層部がそれを“鎮火”すべく終了を選んだと伝えていました。

 

●レコーディングての録音技術が発達しているがゆえに、音楽番組での生歌はヒドいという状況も?

 

フジのプロデューサーによる口パク禁止令に大手芸能プロダクションやレコード会社が猛反発したという記事を見て、私はあることを思い出しました。

 

それは、以前明石家さんが司会のトーク番組「さんまのまんま」で、AKB48のプロデュースや作詞家でもある秋元康さんかゲストで出演したとき、最近のレコーディングについて次のように話していたことがあったからです。

 

たとえば、AKB48の32枚目のシングル曲「恋するフォーチュンクッキー」の最初の歌詞である「あなたのことが好きなのに」で、最初の「あ」の1音だけといったように、秋元さんいわく、最近のレコーディングでは1音単位で変えることができるのだそうです。

 

つまりは、たとえ音痴であっても、最新の技術により音程がきっちり合っているような録音に加工できることにもなるわけですね。

 

こんなふうに録音技術が発達しすぎているがゆえ、今年の夏にも放送された「FNS歌の夏まつり」のように、4時間を超える長時間で、しかも生放送で生歌を披露する音楽番組となると、出演アーティストによってはとんでもなくヘタに聞こえることがあるのだそうです。

 

あまりにもひどい場合は、ネットのユーザーさんによって【放送事故】と称した動画がアップされ、サイトの掲示板やブログの記事等で批判の対象となってしまうことも。

 

特に、AKB48やその姉妹グループ、嵐に関しては生歌がひどいという声が、ネット上でも多く寄せられていましたね。

 

そのためか、モーニング娘。を代表するハロープロジェクトのアイドルたちのように、激しいフォーメーションダンスを踊りながらもしっかり生歌で歌えるグループが支持されている傾向にあるようです。

 

けれど中には、Perfume(パフューム)のように、ダンスクオリティの高いアーティストであれば口パクも認めてあげたいけどいう声もネット上ではあったのでした。

 

 

なお、「新堂本兄弟」終了後の新番組は、あのタモリさんが司会を務め、宮沢りえさんがママ役でレギュラー出演する「ヨルタモリ」という番組がスタート。

 

KinKi Kidsについては、行く先々で出会った人たちに“おもてなし”をしていくロケ・バラエティ新番組が、10月より日曜お昼よりスタートするとのこと。

 

意外にも、KinKi Kidsにとっては初めてのロケ番組となるのだそうです。 (537)

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記事のタイトルの川柳にもありますように、大家族の父親として知られているビッグダディこと林下清志さんが、9月23日に、フジテレビ系のお昼の情報バラエティ番組「バイキング」をひっそりと卒業していたことがわかりました。

 

「バイキング」は、32年も続いた国民的長寿バラエティ番組「笑っていいとも!」の後番組として今年4月にフジテレビでスタートしたとして誕生した情報バラエティ番組で、ビッグダディは火曜日のレギュラーを務めていました。

 

つまり、ビッグダディはわずか半年で降板したことになります。

 

「バイキング」でのビッグダディは、一応レギュラーではあったものの、お世辞にもきれいとはいえない衣装と、頭に巻いているバンダナは、まさにテレビ朝日で放送されていた「ビッグダディ」そのものでもありました。

 

それだけでなく、VTRを見ているときのワイプの表情や、火曜メンバー全体が映ったときにも、見るからにふてぶてしい態度。

 

たまに司会者から質問を振られても、特に面白い、あるいは気のきいたコメントも言えず、存在としては、観客席にいてもいいはずのおじさんが、なんの拍子かレギュラー陣のひな壇に座っていたようなもの。

 

明らかに、存在自体が浮いていました。

 

しかも、レギュラー出演者としてギャラ(ネットでは1回の出演につき管理職並みの月給だったという話も…!)をもらっていることから、レギュラーとしての役目をほとんど果たしていなかったビッグダディは「ギャラ泥棒」と言われたとしても仕方がありません。

 

私も、「このオッサン、一体なんのためにレギュラーになってんの?」と、たまに見ていて腹立たしい思いがしていました。

 

9月23日の「バイキング」の放送も見たんですが、やはりほとんど何もしていなかったビッグダディに対し、「これで、もし10月以降も『バイキング』が続き、ビッグダディがレギュラーを継続していたとしたら絶対に納得がいかない!」と思っていたのでした。

 

●どうせなら9月30日の放送で卒業してもよかったのでは?

 

それにしても、一応火曜日のレギュラーだったのに、9月23日のオンエアでは、ビッグダディの卒業について一切触れず、花束贈呈のような卒業セレモニーもないままいつものエンディングを迎えたというのは、少し寂しい終わり方と言えます。

 

それに、どうせ卒業するのであれば、9月23日ではなく、9月最後でしかも火曜日でもあるので、次の週の9月30日の放送のほうが、「バイキング」9月最後の放送ということでキリがいい意味でよかったのではないかとも思えたのでした。

 

なお、「バイキング」の生放送では見られなかったものの、この日の放送終了後にはスタッフから花束を渡されていたというビッグダディ。

 

同じ日の夜に更新されたブログでは、花束を手にバイキングの楽屋で撮影した写真がアップされ、「本日を以て……半年間お世話になった、火曜バイキングを卒業致しました」と卒業が報告。

 

「小生の結婚を取り上げて頂いたことを筆頭に、本当に思い出多き番組出演となりました。何の取り柄があるわけでもなく、何の芸があるわけでもない我輩を起用して頂いたことに感謝しております」と綴っていたそうです。

 

さらにブログでは、“犬猿の仲”と言われていた、同じく火曜日レギュラーで、落書き騒動に揺れるタレントの江角マキコさんにも言及していました。

 

「茶目っ気のある方ですよ」とコメントし、「もうなかなかお会いすることもないでしょうし、正直な気持ちを言います」として、「無言で正面から歩いて来られると、やはり威圧感はあります。威圧感というか存在感ですね」と表現していたビッグダディ。

 

それでも、ビッグダディが江角さんに頼んだことで、江角さんがビックダディの肩に手を乗せたツーショット写真もアップしていたということでした。

 

 

「バイキング」の番組そのものについては、9月23日にゲストで登場していたブラックマヨネーズの小杉竜一さんを痩せさせるべく、急きょダイエットの新企画が決定したことで、10月以降も継続することが決まっているようです。

 

そこで、10月を迎えたら、放送開始から半年たった「バイキング」の番組についての記事を書いてみたいと思います。 (445)

この記事は、2014年9月15日に更新の、ついに22年の放送に幕! 「さんまのスーパーからくりTV 22年間最後まで笑って笑って最終回SP」の続きの内容となります。

 

では、9月7日に最終回を迎えた、「さんまのスーパーからくりTV 22年間最後まで笑って笑って最終回SP(以下、最終回SP)」の記事の続きにまいりましょう。

 

続きの内容として書きたかった、からくりTVの名物コーナーといえば、そう「ご長寿早押しクイズ」です!

 

テレビご長寿早押しクイズ 1994年~2008年

私も毎週楽しみにしていて、みなさんも楽しみにしていたかもしれない、からくりTVのラスト問題であり、からくりチャンスのクイズにもなっていたのが「ご長寿早押しクイズ」のコーナー。

 

ナレーションによると、放送された回数は全388回で、参加人数は1132名にもおよんだのだそうです。

 

最終回SPでは、それらの参加人数の中から何人か選ばれ、名人傑作集として放送されました。

 

「ご長寿早押しクイズ」では、名人戦を含め、自己紹介の段階からすでに面白かったですね。

 

たとえば次のように。

 

司会の鈴木史朗アナウンサー(以下、鈴木アナ)

「元気の素はなんですか?」

 

萩原長吉さん(当時85歳)

「電気の素?

 水力

 

また「ご長寿早押しクイズ」の見どころといえば、解答者であるご長寿たちのクイズの問題に対する珍回答の連発!

 

最終回SPでもいくつか名場面が紹介されていましたが、その中で、私も一度見たことがあり、いまでも笑えた内容を以下にひとつピックアップしてみたいと思います。

 

Q.和田アキ子さんが司会の、日曜お昼の番組は「アッコに…!」なんでしょう?

A.おまかせ

 

薗田虎一さん(当時81歳)の答え

「殺される」

 

続いて、最終回SPではご長寿早押しクイズ名人衆ということで、

 

青木政司名人(当時87歳)

仲野栄次名人(当時90歳)

吉田こと名人(当時86歳)

猪俣政治名人(当時82歳)

 

の4人の名人が登場しました。

 

こちらも、一度見たことがあり、最終回SPで見ても笑えた「ご長寿早押しクイズ名人戦」からの内容をいくつかピックアップしてみましょう。

 

Q.世界陸上で銅メダルを獲った、室伏選手の得意種目といえばなんでしょうか?

A.ハンマー投げ

 

吉田こと名人の答え

「その日暮らし。

 やっと生きてる。

 アッハッハッハッハッハッ」

 

Q.クリスマスの日、サンタは子供たちに何をあげるのでしょうか?

A.プレゼント

 

猪俣名人の答え

「ハムの詰め合わせ」

 

鈴木アナ「サンタさんが靴下にそっと入れるもんですよ」

 

そのヒントを聞いた猪俣名人の答え

「右足」

 

Q.花嫁が結婚式で独身の女性に投げるものといえばなんでしょうか?

A.ブーケ

 

猪俣名人の答え

「高速スライダー」

 

「ご長寿早押しクイズ」については、YouTubeのサイトでもたくさんの動画がアップされていました。

 

下に、検索結果の一覧のリンクを貼りましたので、ぜひクリックして興味のある動画を視聴してみてくださいね。

 

私も、現在下のリンクから「ご長寿早押しクイズ」の動画をクリックして見ていて大笑いしています。

 

ご長寿早押しクイズ-YouTube

 

●笑いのボケなのか? 本当のボケだったのか? それともヤラセ? ネット上では様々な憶測が飛び交っていた「ご長寿早押しクイズ」

 

私が見ていたころは、毎週解答者であるご長寿たちの珍回答が面白いという印象しかなかった「ご長寿早押しクイズ」。

 

けれどもネット上では、「ご長寿早押しクイズ」に対する様々な意見と憶測が、ユーザーさんたちの間で飛び交っていたのでした。

 

私が以前聞いたことがあったのは、「ご長寿早押しクイズ」の解答者の中には、「どうだ、あの問題の答え面白かっただろ」と、答えはわかっていたのにもかかわらず、わざと間違えて答えていた方がおられたということ。

 

つまり、笑いで表現するところの「ボケた」ということですね。

 

もしくは、現在深刻な問題となっている認知症の症状が進んていたことで、解答者のご長寿によっては本当にボケた状態で答えていたようにも見えなくもありません。

 

このことから、ネットでは「ご長寿早押しクイズ」に対し、「年寄りを笑い者にしている」という批判的な意見が多く寄せられていたのでした。

 

それと、「ご長寿早押しクイズ」における、ネット上でいちばん多かった批判は、あのご長寿たちの珍回答はヤラセだったのではないか? というものでした

 

たしかに、鈴木アナが問題を読んだ後、回答席に座っていたご長寿の中には少し下をうつ向いた状態になることがよくあるので、もしかするとそのときにカンペらしきものを見ていたようにも感じられます。

 

仮にカンペが存在していたとしたら、そこには一体何が書かれていたのでしょうか?

 

もしかして、各問題の答えと、放送作家あたりが考えた、珍回答の一例がいくつか書かれてあったりして…?

 

けれど、問題の答えそのものだけは、たとえカンペがあったとしても書かれていなかったと考えられます。

 

なぜなら、たとえば鈴木アナが、各問題でほぼ答えを言っているのと同じヒントを与えていたにもかかわらず正解できないことから、全10問のうち9問までいっても、ご長寿3人の正解数が1-0-1のままで最終問題へともつれ込むケースがよくありましたからね。

 

ちなみに、からくりTVの番組スタッフによると、「ご長寿早押しクイズ」で珍回答や珍行動などが生まれる理由として、次のように説明されていました。

 

「事前に町のご長寿を集めて面接と予選テストを行ない、面接や予選テストで面白い解答や行動をした人の中から出演するご長寿を会議で決めています。

 そのため、全く予想もつかない珍解答、珍行動が飛び出しているわけです」

 

●どう見てもヤラセとは思えない答えも

 

このように、ネット上ではヤラセ疑惑もあった「ご長寿早押しクイズ」。

 

でも、私から見ても、とてもこれはヤラセとは思えない答えも中にはあったのでした。

 

たとえば、名人戦に出場していた古屋よ志江名人の答えに、次のようなものがありました。

 

Q.童謡「犬のおまわりさん」で、「犬の~おまわりさん 困ってしまって」さて、この続きを歌ってください。

A.ワンワンワワーン

 

古屋名人の答え(当時89歳)

「犬を飼っておきましたけどね、犬がワンワン鳴くから、悪いと思いながらね、うちのね、残ったご飯をね食べさせました」

 

古屋名人の答え(2回目)

「♪犬の~おまわりさん、い、犬を飼っていたけれど、犬をかわいそうだと思ってね、うちのご飯食べさせました。  

 悪いですか」

 

鈴木アナ「いや、思わず涙が出そうになりました私もう…」

 

古屋名人の答え(3回目)

「♪犬の~おまわりさん、困ってしまって、ね、かわいそうだと思って、犬にね、犬にご飯食べさせました。  

 間違ってますか?」

 

鈴木アナ「いやー、正しいです」

 

まさに、ヤラセとは思えない、自由な発想でのよ志江名人の答えでもありましたね。

 

●私が印象に残っているからくりTVのコーナー

 

せっかくなので、最終回SPで紹介された以外で、私が印象に残っているからくりTVのコーナーもいくつかご紹介しておきたいと思います。

 

からくりホームビデオクイズ

まだ番組のタイトルが「さんまのからくりTV」の時代から続いていた、番組の原点ともいえるコーナー。

 

海外から仕入れたものや、国内でも視聴者から投稿されたホームビデオ映像から面白いものを厳選して放送されていた中から、特にインパクトのある映像ではクイズとしても出題されていました。

 

投稿されたホームビデオ映像は、コーナーに採用されるだけても10万円。

 

問題に採用されると30万円の賞金がもらえることから、かなり太っ腹なコーナーだなと思ったものでした。

 

「からくりホームビデオクイズ」には決まったタイトルはなく、ホームビデオの映像のテーマに合わせて以下のようなタイトルで放送されていました。

 

からくりホームビデオニュース

からくりウォッチング

からくりFAMILY

からくり動物園

からくり世界のトピックス

からくりこどもCLUB

からくり今週の傑作ビデオ

からくりわがやのニュース

 

玉緒が行く

1996年にスタートした、女優の中村玉緒さんがいろんな職業に挑戦するというコーナー。

 

終了するまで、このコーナーを通じ、玉緒さんは197種もの職業を一週も休まずに挑戦し続けたということでした。

 

からくり外国人日本王

外国人同士が、和室にある座卓のようなテーブルに向かい合って座り、お互いが日本に関する問題を出題し、答えるというコーナー(そのやり取りからクイズが出題)。

 

初代チャンピオンは、私も見ていて、外国人なのに、日本人以上に日本の文化や歴史のことをよく知っているなと驚いた、カナダ人のロバート・ボールドウィンさんでした。

 

知識の泉

からくりTVのレギュラー解答者である、女優の浅田美代子さん、タレントの長嶋一茂さん西村知美さん(西村さんが産休のときは松嶋尚美さんが出演)が高級レストランで食事をしながら、選んだカードのお題に沿ってトークをするというコーナー。

 

浅田さん、長嶋さん、西村さんともに、お笑いで表現するところの「ボケ」と言えるので、お題に沿ったトークの内容も三者三様にボケまくっていたのが面白かったですね。

 

お父さんのためのメール添削講座

仲の良い女子高生4人組に集まってもらい、携帯電話のメールで娘とうまくコミュニケーションが取れなくて困っているお父さんに、コミュニケーションがうまくとれるように、女子高生たちがメールのテクニックを教えたりアドバイスをしたりするコーナー。

 

●そして最終回SPの最後となるエンディングへ

 

そして最終回SPの最後には、司会の明石家さんまさんから次のようなメッセージがありました。

 

「でもまあ、22年やらせていただいたんですけどね。

 長いことどうもありがとうございました。

 すいませんね、来週俺だけポンと出てたら(それを聞いて、立ち上がり、さんまさんにツッコむ、ゲストのひな壇芸人たち)」

 

「どうもみなさん長いことありがとうございました。

 また会う日までとことで、さようなら」

 

 

ということで、以上、9月7日に22年の放送に幕を閉じた、「さんまのスーパーからくりTV22年間最後まで笑って笑って最終回SP」について、私なりに内容を振り返った記事をお送りいたしました。

 

 

★もうチョコっと一言!

最終回を迎えたからくりTVの企画のうち、「芸能人かえうた王決定戦」だけは毎回安定した面白さがあったので、春か秋、あるいは年末のスペシャル番組ウィークのときにでも、定期的に2時間スペシャルとして復活してほしいと思ったのでした。 (60614)

「始まりがあれば終わりがある」ということわざがあるように、テレビ番組についても、始まりがあれば終わりがあります。

 

そこで、この記事をきっかけに「テレビ番組終了のお知らせ」というカテゴリーを新たに作成することにしました。

 

「テレビ番組終了のお知らせ」のカテゴリーの最初となるテレビ番組は、「さんまのSUPERからくりTV」となります。

 

●ついに22年の放送に幕! 「さんまのスーパーからくりTV 22年間最後まで笑って笑って最終回SP」

 

明石家さんまさんが司会を務める、毎週日曜日の午後19時に放送されていた、TBS系クイズバラエティ番組「さんまのSUPERからくりTV」が、2014年9月7日の2時間スペシャルをもって最終回を迎えました。

 

さんまのSUPERからくりTVは、かつてロート製薬の提供で放送されていた、毎日放送製作のクイズ番組「クイズ!!ひらめきパスワード(1985年10月13日~1992年3月29日)」の後番組として、1996年4月21日より、毎週日曜日の19時に放送されていたクイズバラエティ番組でもありました。

 

★チョコっと一言!

ちなみに、「クイズ!!ひらめきパスワード」の前番組は「アップダウンクイズ」となっていました。

 

もともとは、前番組の1992年4月26日にスタートし、19時から30分番組として放送されていた「さんまのからくりTV」を拡大する形で放送されたものでもあったそうです。

 

スタート当初は、視聴者から投稿されたビデオ作品のコーナーが中心となっていた番組でもありましたよね。

 

●「さんまのスーパーからくりTV 22年間最後まで笑って笑って最終回SP」の放送内容を私なりに振り返ってみました。

 

ではここから、9月7日に最終回を迎えた「さんまのスーパーからくりTV 22年間最後まで笑って笑って最終回SP(以下、最終回SP)」について、私なりに放送内容を振り返ってみたいと思います。

 

テレビからくりビデオレター傑作選(1996年~2003年)

これは、田舎の家族が、離れて暮らす息子や娘に向けてビデオレターてメッセージを送るコーナー。

 

最終回SPでは、過去のビデオレターの傑作選として放送されました。

 

ビデオレターのコーナーということで、感動する場面が多いのかと思いきや、意外にも笑える感じの場面のほうが多かった気がします。

 

もちろん、田舎の家族ということで、内容はとてもほのぼのとしたものとなっていましたね。

 

テレビ懐かし子供キャラ大集合!

ここでは、まず3人の懐かしい子供キャラが紹介されました。

 

ダジャレに夢中 東房大河くん(当時7歳)

農業に夢中 中村俊介くん(当時6歳)

こども料理長 大槻拓磨くん(当時6歳)

 

続いて、「玉緒が行く」の企画で、女優の中村玉緒さんに大工の仕事を教えたことがあった石澤盛夫さんの「棟梁のお悩みエリート塾」のコーナーからは、

 

男になりたい! 我妻泰煕(あがつまたいき)くん(当時5歳)

平成の寅さん 吉田昌平くん(当時6歳)

5歳のセクシーガール 近藤美颯(みはや)ちゃん(当時5歳)

 

このうち、昌平くんと、美颯ちゃんについては、最初個別に相談していたのですが、そのうち、お互いがエリート塾で知り合うことに。

 

そのころから、昌平くんは美颯ちゃんに気があったみたいでしたが、好意を寄せていたのは、意外にも美颯ちゃんのほうでした。

 

そのことがわかってからか、お悩みエリート塾に出るたび、何かと言って美颯ちゃんにチューを迫ってくる昌平くん。

 

それに対し美颯ちゃんは、どこでそんなことを覚えたのか、

 

「チューは、お・あ・ず・け」 「わたし、そんなに軽い女じゃない」

 

と言うことで、大人顔負けの対応とセクシーガールぶりを発揮していました。

 

そんな昌平くんと美颯ちゃんでしたが、ある日のバレエ教室で、生徒である美颯ちゃんがいたにもかかわらず、昌平くんが他のバレエの生徒の女の子に声をかけていたという、公開ナンパとでもいうべき行為が。

 

後で昌平くんは謝ったものの、先ほど声をかけた女の子が「はるか」という名前だったのか、 「ねぇ、はるかちゃん」 と、名前を間違えてしまうことに。

 

当然美颯ちゃんは激怒し、昌平くんに三下り半を突きつけたことで2人の恋は終わりとなったのでした。

 

昌平くんと美颯ちゃんは、その後高校生となり、最終回SPのだいぶ前に放送されたからくりTVで10年ぶりに再会。

 

たしかそのときは、お互いにアドレスを交換し、美颯ちゃんからデートもOKの返事もあったのでした。

 

最終回SPではそのことについて触れていなかったけれど、その後の2人がちょっと気になりましたね。

 

ほかにも、懐かし子供キャラ大集合!では

 

ボクシングに夢中 平岡アンディくん(当時10歳)

天才ギター少年 山岸竜之介くん(当時5歳)

天才美少女ギタリスト 並木瑠璃ちゃん(当時6歳)

 

という3人の子供キャラが紹介されました。

 

竜之介くんについては、私は最初「からくり熱中少年少女物語」の企画で初登場したものとばかり思っていました。

 

けれども実は、いまから9年前、「さんま・玉緒のあんたの夢をかなえたろかスペシャル」で、当時5歳だった竜之介くんが天才ギター少年として初登場したのが最初だったことがわかったのでした。

 

「あんたの夢をかなえたろかスペシャル」では、竜之介くん憧れのロックギタリストであるChar(チャー)さんとの対面を果たすという夢をかなえたことがありました。

 

また、瑠璃ちゃんも竜之介くんと同じくCharさんが好きで、竜之介くんを通じて対面を果たしていたのでした。

 

最終回SPでは、2人揃って観客席にいたことがわかった、現在15歳の中学3年生である竜之介くんと、17歳の高校2年生となっていた瑠璃ちゃん。

 

竜之介くんについては、最終回SPでも紹介されたものの、RIZEのベーシストのkenkenさんと、ムッシュかまやつさんこと、ベテランミュージシャンのかまやつひろしさんの3人で「LIFE IS GROOVE」というスピードファンクバンドを結成していたことを、私はニュース番組の芸能情報で知ったのでした。

 

瑠璃ちゃんは、バンド活動は行なっていないように見えましたが、曲作りをしていると言っていたので、現在でも音楽は続けているみたいでしたね。

 

テレビからくり名物キャラクターファイル

 

博識インテリ男 加藤淳さん

もともとは「サラリーマン早調べクイズ」の回答者として出演していた加藤さん。

 

企業デザインプロデューサー、大学教授として活躍している加藤さんは、博識であるがゆえに、いつも発想が哲学的でもありした。

 

また、笑うときに「フォッ、フォッ、フォッ」と、まるでウルトラマンのバルタン星人のような笑い方をしているのが特徴の方でもありましたね。

 

「からくりお悩みパビリオン」で評判だった加藤淳が日本国内を旅する、「加藤淳の日本浪漫紀行」というコーナーも誕生したのでした。

 

中学国語のオネェ教師 下地敏雄さん

「からくりみんなの!かえうた」のコーナーで初登場したのが、当時中学国語の教師だった下地敏雄さん。

 

そのときにオネェであることをカミングアウトしたことで、オネェキャラとして一躍人気に。

 

その後、「GTO(Great Teacher Onee(グレートティーチャーオネエ))下地先生のウキウキ家庭訪問」「帰ってきたGTO下地先生の3者面談」というコーナーが誕生し、中学生の子供を持つ子供の家に家庭訪問し、悩みを聞いて解決したこともありました。

 

最終回SPでは、下地さんの好きな俳優である小栗旬さんが、GTOのコーナーの最中に学ラン姿で登場。

 

突然の小栗さんの登場に、あわてふためていた下地さんの姿があったのでした。

 

アツすぎるプロレスラー 中西学選手

知る人ぞ知る、プロレス歴22年の、新日本プロレス所属のプロレスラーである中西学選手。

 

「熱いプロレスラー中西学のお悩み相談バーベキュー相談亭」「熱いプロレスラー中西学のお悩み相談焼肉相談亭」や、 というコーナーを通じて、相談者からのお悩みに熱く答えていました。

 

陽気なナイジェリア人 ボビー・オロゴンさん

いまや数々のバラエティ番組で活躍しているボビー・オロゴンさんですが、テレビでの初出演は、からくりTVの「ファニエスト外語学院」というコーナーで、素人時代の路上インタビューでした。

 

「ファニエスト外語学院」とは、セイン・カミュさんが、東京都内の路上にいた外国人に、「Plese tell me your(××)story(あなたの××な話を教えてください)」と英語で問いかけ、インタビューをうけた外国人が、まず英語で答えます。

 

その次に「In japanese plese(日本語でお願いします)」と再びセインさんが問いかけることで、今度はインタビューを受けた外国人が日本語で答えなければならないというコーナーでもありました。

 

日本語となると、カタコトの人も多かっただけに、思わぬ珍発言が飛び出すのが面白かったこのコーナー。

 

ボビーさんのときは、「Plese tell me yourうれしかったstory(あなたのうれしかった話を教えてください)」と問いかけると、ボビーさんはまず、「初めてお相撲さんが土俵で戦っているのを見れてうれしかった」というふうに英語で答えます。

 

しかし、「In japanese plese(日本語でお願いします)」というセインさんの問いかけに、

 

「あー、ニホンゴリトル、こまったなぁ~」

 

と、困ってしまったボビーさんの口から出た日本語は、

 

「お相撲さん、スゲーデブ」

 

だったのでした。

 

それ以降、日本語の上達のためにからくりTVの様々な企画に参加するようになったボビーさんに、2005年、ある転機が訪れます。

 

それは、たまたま企画で挑戦した柔道で、格闘家としての才能が開花したこと。

 

からくりTVでも「からくりTV特別マッチ」が組まれたことがあり、相手はなんと、あのホイス・グレーシー!

 

結果は、第2ラウンド1分40秒で、ホイスの腕ひしぎ逆十字固めによりホイスの勝利となったのでした。

 

その後、大晦日の格闘技最高のリングと呼ばれていたTBSの「Dynamite!」という格闘イベントにもボビーさんは参戦し、相手であったフランスのキックボクシング王者で、K-1ではスーパーヘビー級の選手でもあったシリル・アビディと対戦。

 

結果は、再びボビーさんが負けると思いきや、まさかのシリル選手を見事に破り、初白星をあげたのでした!

 

そんなボビーさんは、最終回SPに9年ぶりにゲストとして登場。

 

さんまさんと久しぶりの再会を果たしたのでした。

 

テレビ今夜復活…安住アナ!かえうた名曲アルバム

かつて、東京の西新宿で行なわれていた、TBSに入社して3年目の、当時26歳だったという安住紳一郎アナウンサーか担当の「からくりみんなの!かえうた」。

 

最終回SPでは、「みんなの!かえうた」傑作集という形で、次のような方が登場していました。

 

堀一親さん

♪「ビビデバビデブ」のかえうたで、「地味でダメです」

 

北条晃さん

♪アニメ「アルプスの少女ハイジ」の主題歌「おしえて」のかえうたで、「おびえて」

 

大沢好幸さん

♪ピンク・レディー「UFO」のかえうたで、「ユンボー」

 

猛牛娘。(高橋かおるさん・沖山智美さん・曽我部裕子さん)

♪モーニング娘。「ザ★ピース」のかえうたで、「リ★バウンド」

 

尾崎敏彦さん

♪T-BORAN「離したくない」のかえうたで、「全日じゃない」

 

麻生甫(はじめ)さん

♪「山口さんちのツトム君」のかえうたで、「入間育ちの還暦君」

 

●みんなの!かえうたで忘れてはならない名物キャラクター! ミスターかえうた酒井素樹!

 

そして、みんなの!かえうたで忘れてはならない名物キャラクターがもう1人います。

 

それは、印刷会社の社長であるという酒井素樹さんてす。

 

酒井さんがこれまで参加して歌った、からくりTVにおけるかえうたの数々は、主に次のようになっていました。

 

【サラリーマンかくし芸コンテスト】  

郷ひろみさん「男の子女の子」のかえうたで、「印刷のさかい」 

甲斐バンド「HERO」のかえうたで、「ISORO(居候)」

 「ドラえもんのうた」のかえうたで、「モライもん」  

イルカさん「なごり雪」のかえうたで、「のこり汁」      

 

【みんなの!かえうた】  

アリス「冬の稲妻」のかえうたで、「金を拝借」  

J-WALK「何もいえなくて…夏」のかえうたで、「何も食えなくて…寺」  

細川たかしさん「北酒場」のかえうたで、「おかず売り場」  

コブクロ「蕾」のかえうたで、「余命」      

 

【酒井素樹・中山法夫(ギター)】  

徳永英明さん「壊れかけのRadio」のかえうたで、「壊れかけのSakai」  

 

【酒井素樹・中山法夫(ギター)・高橋美男(エアードラム)】   テレサ・テンさん「時の流れに身をまかせ」のかえうたで、「今年の春にやり直せ」      

 

【明石家さんまさんお誕生日おめでとう(さんまへ替え歌プレゼント!)】  

尾崎豊さん「卒業」のかえうたで、「忠告」      

 

【酒井素樹withブルーシーツ】  

平井堅さん「瞳をとじて」のかえうたで、「お家(うち)にあげて」  

尾崎豊さん「I LOVE YOU」のかえうたで、「衣食住」

 

けれど、これだけでは酒井さんのかえうたのどこが面白いかわからないことでしょう。

 

そこで、下に酒井さんのかえうたが視聴できるYouTubeからのリンクをご用意しました。

 

まさに傑作集と言ってもいい酒井さんのかえうたなので、ぜひクリックしてご覧になってみてくださいね。

 

YouTube-酒井素樹 傑作集 15分8秒

 

からくりのかえうたが唯一の収入源と言う酒井さんだけあって、からくりTVで行なわれた過去のかえうたの大会、選手権で、酒井さんはすべて優勝!

 

まさに、かえうたにおいては、「向かうところ敵なし」という言葉がふさわしい、ミスターかえうたと言ってもいい方でもあったのでした。

 

最終回SPということで、からくりオールスターズとして勢ぞろいしたメンバーの中には、

 

滝沢美和子さん

大江豊さん(体重が110kgになった)

麻生甫さん(相変わらずの酔っ払いぶりを発揮)

 

の姿もあり、紹介されることに。

 

そして、「酒井素樹withブルーシーツ・かえうた同好会」のメンバーたちによる、さんまさんが来年60歳の還暦を迎えるということで、それに関して上から目線のアドバイスを歌う、

 

♪ゆず「栄光への架け橋」のかえうたで、「永久のかえうた」

 

が披露され、内容は次のようになっていました。

 

♪寝てたら頭上に 線香があった

 人並みに通報 されない酒井

 あるとき新宿通りで 歩く明石家見た

 何度も行きかけ あきらめついた酒井

 

 いくつもの草をむしり かじりついていまがある

 明石家も迷わずに 撮られていい

 モテモテとホネホネなの

 

 いくつものかえうた歌い

 すがりついていまがある

 だからもう酒井を「ホンマでっか」に

 印刷の評論家で

 終わらないこの人生

 君と酒井に宿れ 

   生き力を

 

かえうたとしては面白かったはずだったのに、それを聞いていた安住アナは、こちらがテレビで見ていて引くくらいの大号泣。

 

きっと、長年かえうたの司会進行を務めていただけあって、溢れて止まらないものがあったんでしょうね。

 

最終回SPのスタジオで見ていた渡辺正行さんも、思わずもらい泣きしていたのでした。

 

テレビからくり中継クイズ ~芸能人の実家から~

からくり中継クイズは、からくりTVのスタジオ出演者の中で、実家にいる家族と中継を交え、3択クイズを出題するクイズでもありました。

 

最終回SPでは、次に挙げる芸能人と家族が紹介されていました。

 

南海キャンディーズ 山里亮太さん「父の過去」

チュートリアル 徳井義美さん「徳井の妹とさんま」

インパルス 堤下敦さん「厳格なお父さん」

クワバタオハラ くわばたりえさん「お父さんが2人?」

 

この中で、山里亮太さんの父親の、髪を横分けにした若かりしころの写真が、実に山里さんそっくりであったこと。

 

くわばたりえさんの父親(兄)とその弟さんが、実は双子であったことが発覚したのが面白かったです。

 

もちろん、中継クイズでは弟さんも登場することに。

 

けれど、最終回SPをご覧になったみなさんもそう思ったように、私も、おじさんの双子はあまり見たくないなと感じたのでした。

 

 

まずは、ここまでからくりTVの最終回SPについて振り返ってみました。

 

次の記事では、これもからくりTVでは欠かせなかった、あの名物コーナーについても振り返ってみる予定です。 (9716)

この記事は、2014年8月24日に更新の、24時間テレビ「愛は地球を救う」の第1回~第36回までの放送内容を駆け足で振り返ってみましたと、2014年8月27日に更新の、24時間テレビ「愛は地球を救う」をキーワードで振り返ってみました

 

2014年8月29日に更新の、初期の24時間テレビを強くイメージさせる名曲を2曲ご紹介いたします と、2014年8月31日に更新の、すでに放送がスタート! 24時間テレビ37「愛は地球を救う」

 

2014年9月6日に更新の、24時間テレビ37「愛は地球を救う」が終了! 私なりに放送内容を駆け足で振り返ってみました の続きであり、今年の24時間テレビにおける放送終了後の内容の続きでもあります。

 

では、24時間テレビ37「愛は地球を救う」の最後の記事で、続きでもあるチャリティマラソンとその他の主な企画についても、ひき続き私なりに振り返ってみることにしましょう。

 

テレビTOKIOのリーダー城島茂 43歳の奇跡 運動オンチが101kmマラソン

今年の24時間テレビ37「愛は地球を救う」のチャリティマラソンのチャリティランナーに選ばれたのは、ジャンルとしてはジャニーズの人気アイドルバンドと言っていい、「TOKIO」のリーダーである城島茂さん。

 

このことは、「ザ!鉄腕!DASH!!」はもちろん、日テレの法律バラエティ番組「行列ができる法律相談所」では、生放送中で発表されたのでした。

 

●「行列」の2日前にTOKIOのメンバーに緊急報告 メンバー全員が大反対 一時は土下座して断ったほうがいいという事態にも!?

 

「行列」の生放送で、今年の24時間テレビ37のチャリティランナーは城島茂さんであることが発表される2日前。

 

「鉄腕!DASH!!」でも緊急報告として放送されたことがあったように、城島さんは、何も知らないTOKIOのメンバーがある部屋に入ると、次のように告げたのでした。

 

「実はこのたび、24時間テレビのチャリティランナーを務めることになりました」

 

すると、それを聞いたTOKIOのメンバーは、

 

国分太一「えっ!

 このたび!?」

 

長瀬智也「マジで!?

 本気で言ってんの?」

 

山口達也「なんで?」

 

松岡昌宏「走るの?

 100km?」

 

長瀬「今年?

 マジで!?」

 

当然のことながら、メンバーそれぞれが驚きの声を上げたのでした。

 

しかし、

 

山口「俺は無理だと思うよ」

 

城島「どうする?

 断る?」

 

国分「断る勇気ってのもある」

 

長瀬「全力で俺らも(一緒に)土下座して断るよ」

 

と、メンバー全員が反対し、土下座しても断ったほうがいいという事態にも。

 

中でも、TOKIOのメンバーで、1997年第20回の24時間テレビでは唯一チャリティランナーとして走ったことがあった山口達也さんは、経験者として、城島さんが走ることにはかなり反対していました。

 

その理由は、城島さんが運動オンチであること。

 

ほかにも、ふだんから走るときにガニ股なので、マラソンではすぐに膝を痛める危険性もあったようなんです。

 

スポーツ経験がなく、運動オンチでもあるため、不安を口にしながらも、

 

「40代としてどこまでできるか、泥臭く武道館を目指したい」

 

「がんばっているお父さんたちに勇気を与えたい」

 

そのような思いで、城島さんは24時間テレビ37のマラソンに向けて練習を続けたのでした。

 

●スタート地点にはTOKIOのメンバーが勢ぞろい! スターターは憧れの東山紀之!

 

そして迎えた、27時間テレビ37のチャリティマラソンスタート地点には、TOKIOのメンバーも激励にかけつけることに。

 

そして、スターターを務めたのは、城島さん憧れの先輩でもあるという少年隊の東山紀之さん。

 

憧れの東山さんとTOKIOのメンバーに見送られながら張り切ってスタートした城島さんでしたが、なんと開始5秒でコースを間違えてしまうハプニングもあったのでした!

 

マラソンを開始して間もなく、早くも城島さんにももの痛みがやってきました。

 

その理由について、マラソンのトレーナーいわく、観客を見ながら走っているので、いつもとは違う動きをしているからということでした。

 

30kmを超えた時点で、今度は膝が痛み始めた城島さん。

 

ナレーションによると、本番前の練習で、これまで走った最高距離は49kmであったのとのこと。

 

つまり、それ以上の距離は未知の世界ということになります。

 

53kmを超えた時点から、足の痛みはピークに。

 

両足にテーピンクをすることで、なんとか痛み止めの注射を打たずに翌朝を迎え、比較的順調に東京の多摩川まで距離を伸ばしたのでした。

 

●残り5kmでラストスパート! 放送時間ギリキリで武道館にゴール!

 

今回の24時間テレビ27のチャリティマラソンでは、なんといっても残り5kmを切ってからのラストスパートでしたよね。

 

なにしろ、すでに20時を回り、放送時間も残り少ない中で残り5kmとなった場合、通常であれば時間内にゴールするのは間に合わないと言われていたからです。

 

ところが、残り5kmを切ってからの城島さんは、とても足の痛みがあったようには思えないほどのラストスパートをかけることに。

 

もし、テーピングをしている両足ともに痛んだとしたら、最悪リタイヤも視野に入れなければならない状態だったはずなのに、一体どこにそんな余力が残っていたのかと思えたような走りを見せたのでした。

 

残り5kmを切ってのラストスパートについて、城島さんは、

 

「スタッフさんに聞いたら、(放送時間に)“間に合わない”とギリギリで言われて。

 信号が赤になったらアウトなんですよ」

 

と焦っていたことを告白していました。

 

また、ゴールである武道館手前では、TOKIOのメンバー4人が城島さんと合流した感動の場面がありましたよね。

 

これについて城島さんは、

 

「輩(やから)4人がブオーッて飛び出してきたのかと思った」

 

と振り返っていたのでした(笑)。

 

そして武道館のゴール直前。

 

城島さんとしては、TOKIOが5人そろってゴールしようとメンバーを手招きしましたが、4人は最後まで拒否。

 

結局、最後は城島さん1人で、応援ファックスのメッセージがたくさん貼られた階段をゆっくりと降り、こちにも応援ファックスで作られたゴールテープを切ったことで、見事チャリティマラソンを完走したのでした!

 

後日わかったことで、なぜTOKIOのメンバーは城島さんと一緒にゴールしなかったかというと、今年は後輩の関ジャニ∞がメインパーソナリティーの24時間テレビだから、武道館の階段までは送りたいけど、最後はリーダー1人だけでと決めていたそうです。

 

ということは、もしTOKIOが今年の24時間テレビのメインパーソナリティーを務めていたとしたら、それこそ喜んで5人揃ってゴールしていたことにもなるんでしょうね。

 

●「行列ができる法律相談所」の生放送に出演 2つのごほうびにマラソン引退式も

 

24時間テレビ37の放送終了後、これも毎年おなじみとなっている、武道館から生放送の「行列ができる法律相談所」で、城島さんはメディカルチェックを受けた後に生出演。

 

この生出演で、城島さんには2つのごほうびが与えられました。

 

ひとつは、マラソンの練習時に、歴代の24時間テレビチャリティランナーを指導し、一緒に伴走もしていた坂本雄次トレーナーが乗っていたことで、城島さんがずっと気になっていた電動自転車(磯野貴理子さんからのプレゼント?)。

 

もうひとつは、幼いころから好きだったという、メキシコのプロレスラーで、現在でも現役で活躍していることがわかったミル・マスカラスとも夢の対面。

 

マスカラスがかぶっていたマスクを2つももらっただけでなく、マスカラス自らがマスクにサインも書いて渡してくれ、城島さんとマスカラス2人揃っての記念写真も撮るなど、城島さんも驚いたサプライズなプレゼントも与えられたのでした。

 

さらには、2004年5月18日の「行列」の生放送で、チャリティマラソン挑戦を発表した際、完走したら引退式をやりたいと告げていたことがあった城島さん。

 

そこで、武道館での「行列」では、番組のエンディングで、山口百恵さんの「さよならの向う側」の曲をBGMに、ブルーのシューズを脱いで揃えると、

 

「今日から普通のジャニーズに戻ります。

 43歳のオヤジですけど、職業はアイドルでございます。

 今日でランナーは一区切りしたいと思います。

 皆様、これからもこのシューズを見るたびにあの夏を思い出してほしいなと思います」

 

とあいさつ。

 

続けて、

 

「それでは皆様、またいつか会う日まで。

 さよならは言いません。

 この靴がさよならの代わりです。

 それではまた来年…」

 

と言い残すと、赤い幕の向こうへ消えていくことに。

 

ところが、宮迫博之さん、後藤輝基さんら行列の出演者が、

 

「また来年? 

 走るの!?」

 

とざわつくと、すかさず赤い幕が上がり、

 

「来年ちゃうわ。

 普通のオヤジに戻ります」

 

と否定。

 

最後まで城島さんらしい天然ぶりで笑いを誘ったのでした。

 

●城島茂が101kmマラソンに挑戦した本当の理由 今年の6月に亡くなった三瓶明雄さんのために

 

城島さんが24時間テレビ37のチャリティランナーとしてマラソンを走ると決意したのは、先ほども書いた日テレからのオファーがあったことでもありました。

 

けれど、24時間テレビ37のクライマックスで、城島さんが101kmマラソンに挑戦した本当の理由が明かされたのです。

 

それは、今年の6月6日に亡くなられた、「鉄腕!DASH!!」ではDASH村の農業アドバイザーとして、米や野菜のつくり方から、ヤギや犬の飼い方までをTOKIOのメンバーに教えることに。

 

東日本大震災の発生で福島第一原子力発電所の事故により、DASH村の企画が中断した後も、「出張DASH村」の企画で、TOKIOとともに日本各地の農家を訪問し、様々な作物の農業技術や調理法の紹介を行なってきた三瓶明雄(さんぺいあきお・享年84歳)さんのためでもありました。

 

今年の5月に城島さんのマラソンの挑戦が決まったときは、まだ闘病中だった明雄さん。

 

そのころから体調を崩していたものの、明雄さんは、「当日は武道館に必ず応援に行くから」と、本番を楽しみにしていたそうです。

 

しかし、先ほども書きましたように、今年の6月、明雄さんは帰らぬ人となったのでした。

 

そのことを決意するかのように、24時間テレビ37の放送中に読まれた城島さんからの手紙の中では、亡き明雄さんへの思いも綴られていました。

 

また、城島さんはマラソンで頭に白いハチマキをしていましたが、それは、ハチマキに明雄さんの思いを込めて走ることを意味していたのだそうです。

 

武道館のゴール直後にも、城島さんは、DASH村で指導を受けた恩人に向け、「明雄さんありがとう」と感謝を述べていましたね。

 

●平均視聴率は17.3% 瞬間最高視聴率はなんと41.9%!

 

こうして24時間テレビ37が放送終了し、後日、関東地区の視聴率が発表されました。

 

ビデオリサーチの調べによりますと、平均視聴率は17.3%と歴代6位に。

 

そして、瞬間最高視聴率は、城島さんのゴール直後の20時50分に記録した41.9%だったそうです!

 

私はこれをネットのニュースで見て、

 

「なんだ、24時間テレビは見ないなんてネットのユーザーさんたちは口々に言っていたのに、けっこう見てんじゃ〜ん」

 

と思ったのでした。

 

まあでも、おそらくは、見たのはゴールの場面だけで、24時間テレビの放送そのものはろくに見なかったという人が多かったんでしょうけどね。

 

●24時間テレビ37で行なわれたその他の主な企画

 

以上が24時間テレビ37に関する記事となります。

 

でも、せっかくなので、24時間テレビ37で行なわれたその他の主な企画についても、以下にテキスト表示ということでご紹介しましょう。

 

ドラマスペシャル「はなちゃんの味噌汁」

主演:大野忠義(関ジャニ∞)

 

・耳の不自由な12歳の少女 日本一のチアリーディングに挑戦!

・奇跡を信じてがんと闘ったある母子の約束 ・羽生結弦 被災地への思いを胸に 一夜限りのアイスショー ・1型糖尿病と戦う野球少年 阪神・岩田と交わした約束 ・義足の跳人アスリート 走り幅跳び日本記録に挑戦! ・小学校122年の歴史に幕… 奇跡のトリックアート ・もう一度走らせてあげたい… 下半身マヒの犬に奇跡を

・アンパンマンの歌詞に込められたやなせたかしの深い思い

・人とワンちゃんのキセキ 20匹ワンちゃんおすわり新記録

・歌えなかった子供達に力を与えたキセキの合唱曲 ・脳波をほぼ0にする治療法・・・奇跡の復活を信じた少女 ・片岡愛之助とダウン症の青年 世界的パフォーマーと夢舞台 ・片足を失った17歳 キセキのイルカショーに挑戦

・教師の情熱が全てを変えた キセキの吹奏楽部

・イモトアヤコ&いとうあさこ 被災地の子どもと影絵 ・白血病と闘う少年と杏の絆 ある小児病棟夏休みの奇跡 ・みるかちゃんの世界旅行 みんなの想いでつなぐ夢

 

また、8月30日~31日にかけて随時放送されていた企画では、

 

・日本のキセキを探す ダーツの旅的全国1億人インタビュー!!

 

・写真に隠されたドラマ キセキの一枚

 

これも24時間テレビの恒例企画となっている高校生ダンス甲子園は、「青春と友情のキセキ 高校生ダンス甲子園」のタイトルで行なわれました(優勝は九州男児Jr.)。

 

といったところで、以上、今年の24時間テレビ37「愛は地球を救う」の記事をお送りいたしました。

 

 

★もうチョコっと一言!

24時間テレビといえば、裏番組であるフジテレビの「めちゃ×2イケてるっ!」の、毎年恒例となっている24時間対抗企画も、何気に気になっていました。

 

今年も、エスパー伊藤さんによる、一度も成功したためしがないけれど、チャレンジ内容を描いたイラストと、チャレンジ失敗がやたらと面白い高速技を披露するのかと思いきや、最初は、「めちゃイケ1/24テレビ!生爆裂SP」というタイトルで、ゲストはモーニング娘。’14のメンバーが。

 

しかも、スタジオのセットも爆裂お父さん仕様となっていました。

 

なので、あっ、今年はエスパー伊藤ではなく、爆烈お父さんで1時間の対抗企画を行なうんだなとばかり思っていました。

 

しかし、「めちゃイケ1/24テレビ!生爆烈SP」とは仮のタイトルで、本当のタイトルは、「めちゃイケ1/24テレビ!生でエスパーがだまされる!?」。

 

エスパーさんのもとに、あの日テレの24時間テレビからオファーがあった(ウソ)ことで、めちゃイケを通じてエスパーさんをダマす企画でもあったのでした。

 

24時間テレビの会場(ニセ)から、生放送ということでエスパーさんが披露したのは、ペットボトル43本(チャリティマラソンランナーの城島さんの年齢と同じ数)を、1分間にキャップと容器へと分別するという地味な高速技。

 

ところが、リハーサルで43本の分別に失敗していたことや、生放送の本番に向けての準備のため、スタジオに誰もいなかったことから、エスパーさんのマネージャーはペットボトルの数を5本ほど減らすことを提案します(このあたりから、タイトルが「めちゃイケ1/24テレビ!生エスパーだまし!!」へと変わることに)。

 

そのおかげで、ニセ24時間テレビ本番(当然武道館との中継はつながらず)の生放送でのペットボトル分別は見事成功!

 

しかし、念のためペットボトルの本数を数えてみるという展開になり、アナウンサーが数えてみると5本足りなかったことが判明します。

 

そのままニセ24時間テレビの中継は終了したものの、スタッフから「ヤラセをしたのでは?」と揉め始め、エスパーさんが止めようとすると、ディレクター(ニセ)が壁に激突し、骨折したと言い出すことに。

 

ついには警察が現場に到着し、スタッフをはじめ、エスパーさんも事情を聞かれます。

 

そこで、最終的にヤラセを知っていたことがばれ、エスパーさんはヤラセの疑いで警察に逮捕されてしまうことに。

 

ニセ24時間テレビの生放送でヤラセを行なったということで、エスパーさんは警察の車両(おそらくニセ)で連行されていったのでした。 (789)

この記事は、2014年8月24日に更新の、24時間テレビ「愛は地球を救う」の第1回~第36回までの放送内容を駆け足で振り返ってみましたと、2014年8月25日に更新の、24時間テレビ「愛は地球を救う」をキーワードで振り返ってみました

 

2014年8月29日に更新の、初期の24時間テレビを強くイメージさせる名曲を2曲ご紹介いたします と、2014年8月31日に更新の、すでに放送がスタート! 24時間テレビ37「愛は地球を救う」 続きであり、今年の24時間テレビにおける放送終了後の内容となります。

 

さて、今年の24時間テレビ37「愛は地球を救う」(以下、24時間テレビ37)も、先月の8月31日に終了しました。

 

第1回~第36回までの放送内容を駆け足で振り返った記事のようにまとめてみると、第37回は次のようになっていました(メイン会場は日本武道館だったことで省略しています)。

 

第37回 2014年8月30日~31日

総合司会:羽鳥慎一・水ト(みうら)麻美

メインパーソナリティー:関ジャニ∞

チャリティパーソナリティー:杏(あん)

チャリティランナー:城島茂(TOKIO)

 

今年の24時間テレビ37は、オープニングから、なんと、本来グランドフィナーレで披露されるはずの「サライ」が、メインパーソナリティー関ジャニ∞のメンバー全員で合唱していたので、ちょっとビックリしました!

 

まあでも、「サライ」はもともと24時間テレビのテーマ曲なので、オープニングで歌おうがエンディングで歌おうがどちらでもいいんですけどね。

 

ただ、毎年そのように行なわれていることから、私としては、やはり「サライ」はグランドフィナーレで歌うにふさわしい曲ではないかと思っています。

 

●メイン会場の日本武道館入り口で、募金を持って駆け付ける芸能人を迎えるという大役を務めたのは、あの日本エレキテル連合!

 

また、メイン会場であった日本武道館入り口で、募金を持って駆け付ける芸能人を迎えるという大役を務めたのは、あのお笑いコンビ日本エレキテル連合の2人。

 

でも、それだげは心もとなかったのか。

 

お笑いコンビのサバンナの高橋茂雄さんも、日本エレキテル連合とともに、武道館入り口で芸能人を迎える進行役を務めていたのでした。

 

それにしても、「ダメよ~、ダメダメ」のセリフでおなじみ、「未亡人朱美ちゃん3号」のネタのように、ボケ担当の中野聡子さん扮する小平市の細貝さんと、ツッコミ担当の橋本小雪さん扮する朱美ちゃん3号ともに、日本エレキテル連合の2人が、あの年老いたおじさんの変装と、白塗りの状態のままで登場していたのにはビックリしたのでした!

 

24時間テレビ37の日本エレキテル連合といえば、大御所2人を迎えたときのリアクションが印象的でした。

 

1人目となる加山雄三さんは、さすがは大御所といった感じで、笑顔で去っていきましたね。

 

それに対し、2人目の小林旭さんは、なんとも言えない威圧感で、まずサバンナの高橋さん、そして日本エレキテル連合の2人をにらみつけていたので、私も見ていてかなり怖かったです…。

 

この小林さんの態度については、ネットでもちょっとした物議をかもしたことがあったのでした。

 

●24時間テレビ37の放送内容を、私なりに駆け足で振り返ってみました

 

前置きが長くなりましたが、ここからは、私なりに振り返ってみた24時間テレビの放送内容についての記事をお送りしたいと思います。

 

27時間テレビのときと同じく、24時間テレビも全部ではなく、途中早朝の6時~13時までは睡眠時間をとるために録画し、数日前にやっと全部見終わりました。

 

そこで、今年の24時間テレビ37の放送内容を私なりに振り返ってみたいと思います。

 

あらかじめお断りしておきますが、24時間テレビについては、27時間テレビに比べると、そんなに見るのが楽しみな番組ではありませんでした。

 

それでも、チャリティマラソンを含め、どんなことが行なわれたのかが気になる番組であったりするんですよね。

 

なお、タイトルは24時間テレビのホームページに掲載されていた放送内容を参考にしていますので、予告記事で紹介したタイトルとは若干違っている場合もあります。

 

まずは、24時間テレビ37の3つの目玉企画と紹介されていた3つの企画から振り返ってみることにしましょう。

 

テレビ90歳の熱き影絵作家 魂をこめたキセキの巨大作品

今年でなんと90歳を迎えたという、影絵作家の藤城清治さん。

 

8月24日に放送された「行列ができる法律相談所」の番組で、藤城さんは、東日本大震災発生後から被災地の絵を描き続けていると紹介されていました。

 

そして、24時間テレビ37の武道館では、藤城さんの特設アトリエを再現。

 

「行列」の放送時に数日前から取り組んでいることが発表され、24時間“奇跡の影絵アート”の作品に熱き魂を注ぎ込みました。

 

そしてグランドフィナーレでは、縦3m横6mの巨大影絵が、バックライトとともに鮮やかに浮かび上がったのでした!

 

テレビふなっしーと離島の子供2人 小さな島の大運動会 

日本海に浮かぶ、山形県の離島である「飛島(とびしま)」は、人口約250人で、島民の90%が漁業で生計を立てています。

 

飛島には、島で唯一の学校である「飛島小・中学校」があります。

 

この学校で授業を受けているのは、中学2年生の澁谷真木(しぶやまさき)ちゃんと、弟の新(あらた)くん。

 

そう、この学校の全校生徒は2人しかいないのです。

 

しかも、飛島全体においても、子供は真木ちゃんと新くんの2人だけであるということでした。

 

そのため、島の人たちは皆知り合いで、島民も2人の子供たちを宝物としてかわいがっていたのでした。

 

●5年ぶりに飛島で運動会が開催 ふなっしーも運動会を盛り上げるために島に上陸!

 

飛島では、かつて毎年島全体による運動会が行なわれていました。

 

しかし、島民の高齢化とともに参加者が激減し、5年前行なわれた最後の運動会の参加人数は、たったの30人だったそうです。

 

実は、真木ちゃんが5年ぶりに島で運動会をしたかったのには理由がありました。

 

それは、6年ほど前に、父親の仕事の都合で飛島に越してきた際、寂しくて、何度も本土に帰りたいと毎日のように泣いていたという真木ちゃん。

 

そんな真木ちゃんの気持ちを変えたのが、5年前に行なわれた運動会だったのです。

 

真木ちゃんいわく、そのときの運動会がすごく楽しかったことや、島の人たちとよくしゃべるようになり、距離が縮まったことということでした。

 

だからこそ、自分でもう一度運動会をやりたいというのが真木ちゃんの願いだったのでした。

 

そんな真木ちゃんの願いを叶えるべく、はるばると飛島までやって来たのは、千葉県の非公認キャラクターでありながらも、大人気ゆるキャラでもあるふなっしー!

 

「ヒャッハー!」

 

と叫びながら、船に乗って飛島へと向かっていたふなっしーの姿は、それだけで日本全国のゆるキャラたちとははるかに違うタレント性のようなものを感じたのでした。

 

島に上陸したふなっしーは、真木ちゃんと新くんとの初対面として、学校の音楽室にある大きな段ボールの中に入り、そこから突然飛び出すというサプライズで登場!

 

その後、真木ちゃん手作りの運動会の案内チラシを手に、ふなっしーと真木ちゃんは、島民のみなさんに運動会の開催を知らせるべく、一緒にPR活動を行なったのでした。

 

●運動会当日には、ふなっしーのお友達も登場!

 

そして迎えた運動会当日。

 

参加人数は、5年ほど前は30人だったのが、飛島の島民と、島に帰省している方々を含めたことで112人となっていました!

 

さらには、運動会を盛り上げるべく、ふなっしーのお友達として、あのミスター24時間テレビの徳光和夫さんが実況を担当。

 

さらには、美容研究家のIKKOさん、プロレスラーの長州力さんも参加するといった、かなり豪華なメンバーの中で行なわれたのでした。

 

運動会の競技は、いかにも漁業が盛んな飛島らしいトロ箱(魚介類の輸送用に使う、発泡スチロール製の箱)を使ったレースや、綱引き、借り物競争などが行なわれることに。

 

最後の種目の紅白リレーでは、長州さん、IKKOさんやふなっしーもランナーとして参加していました。

 

アンカーは、真木ちゃんが紅組で、新くんが白組だった紅白リレーの結果、白組の勝利に。

 

総合結果でも、圧倒的な得点差で白組の勝利となっていたのでした。

 

●運動会の最後に、真木ちゃんによる感謝のメッセージ そして将来の夢

 

運動会の最後には、真木ちゃんが涙ぐみながら、島のみなさんや、ふなっしーへの感謝のメッセージを伝えていました。

 

映像で見たところ、今回島の運動会を行なうべく盛り上げてくれたふなっしーとは、海で一緒に遊んだり、一緒に給食を食べたり、バスケをしたりと、運動会以外の交流もあったみたいですね。

 

ところで、飛島には高校がないので、真木ちゃんは再来年には島を離れなければなりません。

 

それに、来年からは真木ちゃんも受験勉強に入ることから、島での運動会はこれが最後ということになるのです。

 

だからこそ、今年はどうしても島で運動会を行ないたかったんでしょうね。

 

あと、真木ちゃんの将来の夢は産婦人科医になって島に戻ってくること。

 

新くんは漁師になって島に残るということでした。

 

テレビ間寛平65歳が陸上十種競技マスターズ日本新記録に挑戦!

昨年に続き、間寛平さんが陸上でもっとも過酷と言われる10種競技に今年も挑戦しました。

 

私も今回、あらためて知ったマスターズ十種競技とは、

 

・100m走

・走り幅跳び

・砲丸投げ

・走り高跳び

・400m走

・100mハードル

・円盤投げ

・棒高跳び

・槍投げ

1500m走

 

の十種からなる競技なのだそうです。

 

いわば、寛平さんは2日間かけてこの十種競技に1人でチャレンジしたわけです。

 

結果については、本来ですと第1種目からお伝えしたかったのですが、こちらの都合により、第1種目~最終種目までを順番に伝えることができなくなりました(どこかのサイトやブログで十種競技の全記録を紹介しているといいんですが……)。

 

それでも、棒高跳びでは自己ベストを更新し、最終種目の1500m走では6分26秒36で、マスターズ十種記録を超えて記録達成したところは見ることができました。

 

最後の1500m走の記録は、ネットのユーザーさんもスゴイと大絶賛していましたし、私もスゴイと思いました。

 

けれども、1500m走にしても、十種競技の日本記録保持者の記録を更新しただけで、マスターズの日本記録ということではないみたいなんですね。

 

それに、十種競技は十種の種目の記録を得点換算し、その合計得点で決まるのであって、1種目だけよくても新記録にはならないのです。

 

そこのところが、日テレのアナウンサーの実況でもまぎらわしいなと感じたのでした。

 

テレビ「嵐にしやがれSP~嵐VS関ジャニ∞今年こそ生で完全決着!キセキのバラエティ力対決しやがれ~」

24時間テレビや「嵐にしやがれ」で過去3度の対決が行なわれ、嵐が1勝2分けで関ジャニ∞の勝利はまだない中で行なわれたこの企画は、

 

「顔面ラップ破り」

「三輪車パン食い競争」

「腕力バイキング」

「ぐるぐるバット」

「箱の中身はなんじゃろなぁ~」

「椅子取りゲーム」

 

の種目で対決しました。

 

「箱の中身はなんじゃろなぁ~」の時点で、嵐が5勝で、関ジャニ∞が2勝だったことから、本来なら嵐の勝利だったのですが、最終種目の「椅子取りゲーム」で、勝利チームに4ポイントがもらえるという特別ルールが設けられることに。

 

しかし、「椅子取りゲーム」で松本潤さんが勝利したことにより、結局は嵐チームの勝利となったのでした。

 

テレビ「キセキは本当にありまぁぁぁぁぁぁぁす! 信じるものだけ朝までしゃべくり007」

毎年5時間の生放送で行なわれている、24時間テレビではもうすっかりおなじみの深夜企画「朝までしゃべくり007」。

 

今年も、「キセキは本当にありまぁぁぁぁぁぁぁす! 信じるものだけ朝までしゃべくり007」のタイトルで、

 

・芸能人が芸能人に大質問大会

・美しきキセキの髪型選手権

・スポーツ世界記録工場(ターゲットアーチェリー・トランポリンダンク)

・村上信五 夜ふかしの旅

・坂上忍・徳井義美・大渕愛子の会いたい人007

・キセキは起きるのか!? 真夜中のドッキリ検証007

・夜明けのキセキ ディープな1人ものまね選手権

 

の企画が行なわれました。

 

このうち、ネット上でも大いに盛り上がったのが「坂本忍の会いたい007」。

 

事の発端は、今年4月に行なわれた「上方漫才大賞」で、見事笑い飯が上方漫才大賞を受賞し、授賞式でのコメントで、哲夫さんが坂上忍さんをバッシングするような発言があったことでした。

 

そして、坂上忍の会いたい007の企画にも、笑い飯の哲夫さんが登場。

 

一時は、トーク上でのバトルになりそうな雰囲気だったのですが、意外にも、坂上さんは笑い飯のファンであったことを公言。

 

すると哲夫さんは、予想もしなかったことを坂上さんの口から聞いたためか、しどろもどろになってしまい、とりあえず坂上さんに謝罪し、握手を交わしたことでめでたしとなったのでした。

 

「朝までしゃべくり007」の後は、

 

「日本列島どんぶり天気予報」

日本各地の天気のうち、北海道、青森県、兵庫県、大分県、鳥取県、東京都のご当地どんぶりを紹介し、彦摩呂さん、ギャル曽根さん、杏さん、錦野旦さん、安田章大さん(関ジャニ∞)らが試食しながら天気を伝える。

 

「日本列島キセキリレー」

かつての朝の情報番組「ズームイン朝!」のようなリレー中継で、全国からキセキの絶景やキセキの技を生中継で紹介する。

 

などの企画が行なわれました。

 

テレビ義足の少女が挑む富士登山 安藤美姫・宮川大輔とともに

左足を持たずして生まれた、15歳の義足の少女である藤崎未夏さん。

 

幼いころは足のことで悩み、義足を隠して生活していたこともあったそうです。

 

そんな未夏さんが、自分に自信をつけたい、両親に強くなったことを見せたいと富士山登山を決意。

 

その想いをサポートしたのが、フィギュアスケーターの安藤美姫さんと、お笑い芸人の宮川大輔さんでした。

 

朝7時過ぎ、1合目から登山を開始しましたが、4合目から急斜面に入り、厳しい場面もあったとのこと。

 

それでも、8時間ほどかけて6合目の山小屋に到着し、その日は一泊したのでした。

 

翌朝早朝には、富士山の6合目からチャレンジの前に、富士山のきれいなご来光が生中継されました。

 

6合目からはジグザグの道が多く、未夏さんも膝に激痛を抱えた中で登った結果、15:40ごろ、ついに富士山登頂に成功!

 

頂上では、未夏さんが家族に感謝の手紙を読み、チャレンジは無事に終了したのでした。

 

テレビパーキンソン病と闘う、歌手の樋口了一が、関ジャニ∞の錦戸亮さんと6年ぶりにギターの弾き語りに挑戦

2007年の日本レコード大賞優勝賞を受賞した曲に、認知症になった親の、子への想いを歌った「手紙~親愛なる子供たちへ(以下「手紙」)」 があります。

 

下にご紹介のリンクのように、「手紙」の曲はCDとしても発売されています。

 

【送料無料選択可!】【試聴できます!】手紙 ~親愛なる子供たちへ~ / 樋口了一

 

この「手紙」を歌っているのは、シンガソングライターの樋口了一さんという方です。

 

樋口さんというと、HTB北海道テレビの人気深夜番組だった「水曜どうでしょう」のテーマソング。

 

あるいは、全国放送でも「水曜どうでしょうclassic」「水曜どうでしょうリターンズ」として放送されている中、「どうでしょうClassic」のエンディングテーマとして使用されている、樋口さんが歌う「1/6の夢旅人2002」が流れていて、私自身も聴いて、好きな曲でもあったのでした。

 

★チョコっと一言!

「1/6の夢旅人2002」が初披露されたのは、どうでしょうの海外企画だった「原付ベトナム縦断1800km」だったそうです。

 

また、数年前には私の地元で行なわれた夏のイベントにも樋口さんがゲスト出演され、「手紙」の曲を中心としたライブが行なわれたこともありました。

 

それだけに、まさか樋口さんがパーキンソン病という難病で闘っているとは、24時間テレビ37の予告を見るまで全然知りませんでした。

 

●樋口了一を襲ったパーキンソン病とは?

 

パーキンソン病とは、脳からの指令がうまく伝わらず、筋肉が硬直、動作の遅れが生じる難病でもあります。

 

もっとも重い症状は手足の震えというこの病気は、俳優のマイケル・J・フォックスや、元プロボクサーのモハメド・アリも同じ症状で悩まされているということです。

 

樋口さんは、2007年に右半身に違和感を感じ、2009年にパーキンソン病と診断されたということでした。

 

そのため、ふだんの樋口さんは右利きなのですが、右手が思うように動かないために左手を使っています。

 

歩くときも、右足を引きずるようにしてしか動かせないとのこと。

 

進行すると、最悪寝たきりになるかもしれないパーキンソン病は、いまのところ完治する治療法は見つかっていないのだそうです。

 

●関ジャニ∞の錦戸亮が樋口了一の自宅を訪問

 

現在、熊本県熊本市に住んでいる樋口さんの自宅を訪れたのは、メインパーソナリティーである関ジャニ∞の錦戸亮さん。

 

お互いに初対面ではあったものの、実は、関ジャニ∞のファーストアルバム「F・T・O」で、アルバムのタイトル曲である、1曲目の「F・T・O」と、5曲目の「Carnival」という曲は樋口さんが作詞・作曲した曲であったことがわかったのでした。

 

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自宅でのインタビューでは、いい薬が見つかったので、それを飲んでいる間は日常生活に問題はないとおっしゃっていた樋口さん。

 

しかし、薬の効果が切れると、何かしたいと思っても、右半身が思うように動かないといった症状が出てくるということでした。

 

ゆえに、以前のようにギターを弾きながら歌う弾き語りのように、同時に2つのことがやれなくなってくる感じなのだそうです。

 

「手紙」の曲がヒットしたころに出演した、日テレの音楽番組「誰も知らない泣ける歌」の番組のときも、ギターの演奏は他のミュージシャンに任せ、樋口さんは椅子に座った状態で、硬直する左手を抑えながら歌っていたと語っていました。

 

あぁー、私の地元のライブでも、ギターの弾き語りで歌っていなかったのはパーキンソン病の症状によるものだったんですね。

 

それでも、ボーカリストとして歌うことはてきるので、「自分には歌がある!」と思っていた樋口さん。

 

しかし、その歌さえも、パーキンソン病の症状で声が出なくなったこともあり、さすがにそのときはこたえたそうです。

 

かつては美しい高音が持ち味だった樋口さんの歌声も、全身の筋肉が固まるため高い声が出づらくなってしまったのでした。

 

●樋口了一を救った亡き父

 

そんな絶望感に打ちひしがれている樋口さんを救ったのが、疎遠になっていた父親の誠一さん(享年84歳)。

 

ミュージシャンになることに猛反対していた誠一さんは、左半身が付随で、しかも認知症も進んでいました。

 

亡き父親について、樋口さんは次のように語っています。

 

「僕が熊本に帰ると、『お前は何しに来た!』と怒鳴られたりとかね。

 でも、動かせない体でイライラしながらもね、一生懸命生きているじゃないですか。

 変な言い方ですけど、『負けちゃいけない』っていうか。

 できることが狭まれてきた中で、なんかもがきたいなって思ったんですよ」

 

「まだ自分にもできることがある!」。

 

年老いた父が、再び前を向くことを決意させてくれたのです。

 

かつてのような透き通る高音の声は、もう出なくなってしまった樋口さん。

 

それでも、ライブで懸命に歌う樋口さんに、多くの観客は涙し、勇気づけられています。

 

●24時間テレビで歌うことを決意させた理由 樋口了一の2人の子供の存在

 

今回24時間テレビ37のメイン会場である日本武道館で歌うことを決意させたのは、錦戸さんからの提案がきっかけだったのですが、ふたばちゃん(7歳)と一郎くん(10歳)という、樋口さんの2人のお子さんの存在もありました。

 

「多感な時期を向かえたときに、自分の親父が昔とまったく変わり果てた姿になったとしますよね。

 そうしたときに、この『手紙』のメッセージのように、たとえ肉体がどんなに変貌しようとね、その向こう側にいるお父ちゃんはまったく変わっていないんだよ。

『ここにいるぜ!』みたいな、そんなメッセージを送りたい」

 

こうして、樋口さんと関ジャニの錦戸さんは武道館のステージに立ち、ギターを持っても、一定のリズムが刻めない樋口さんのために、錦戸さんが一定のリズムを刻むことでサポートする形で「手紙」の曲が披露されることに。

 

それでも、さすがはプロのミュージシャン。

 

「手紙」の曲を歌っている間の樋口さんは、とてもパーキンソン病と闘っているとは思えない、素晴らしい歌声を聞かせてくれたのでした。

 

それに、透き通った高音のころの樋口さんの歌声が聴きたいのであれば、下にご紹介のリンクのような「ゴールデン☆ベスト 樋口了一」というタイトルのCDでも聴くことができますからね。

 

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テレビ復活!10年ぶりのチャラーン 林家こん平のキセキ

いまから10年前、2004年の「チャリティ笑点」の生放送終了後に倒れ、緊急搬送された後、多発性硬化症という難病と診断された、落語家の林家こん平さん。

 

こん平さんといえば、「笑点」の大喜利メンバー紹介の際、当時三遊亭楽太郎さん(現三遊亭圓楽)の時事ネタを交えた難しい話での紹介の後、「あたしにゃ~そんな難しいことはわかりませんけどね」から始まるあいさつ。

 

もうひとつ、地方のテレビ局の開局〇〇周年を記念した公開録画では、

 

「第二の故郷というのはありがたいもので、先ほどから友人知人が手に持ちきれないほどのお土産を持って楽屋を訪ねてきてくれております」

 

で始まり、

 

「なお、会場の皆様にお知らせがございます。

 私の帰りのかばんには、まだ若干の余裕があります」

 

と言ってあいさつするのが定番で、欠かせないものとなっていましたね。

 

そういえば、こん平さんの「チャラ~ン!」は、当初「チャラ~ン」を最初に行なった後であいさつをしていたのを思い出しました。

 

そこから徐々に変わっていき、アントニオ猪木さんの「1・2・3、ダーッ!」のように、あいさつの後、会場のみなさんと一緒に「1・2・3、チャラ~ン!」をやるようになったんですね。

 

その「1・2・3、チャラ~ン!」も、いまでは「笑点」でアナウンサー大喜利が行なわれた際、自己紹介の後、「こん平さん直伝の視聴者参加型あいさつ」ということで、日テレの藤井恒久アナウンサーが続けているのでした。

 

こん平さんは、多発性硬化症の発症後、「笑点」を降板し、4ヶ月後には弟子である林家たい平さんがピンチヒッターに。

 

現在も、こん平さんの代わりとして大喜利のメンバーを務めています。

 

多発性硬化症となったこん平さんは、声帯の機能障害や手足の麻痺などがありましたが、リハビリに励み、順調に回復していったということでした。

 

しかし、昨年6月に糖尿病が悪化し、緊急入院。

 

一時は心肺停止、余命も宣告されたものの、家族に支えられながらリハビリに励んだことで、一時は動かなくなっていた右手で、大好きな卓球のラケットを持ってラリーができるまでに回復したそうです。

 

こうして、家族や弟子たちに支えられ、懸命な努力を重ねて奇跡の復活したこん平さん。

 

24時間テレビのメイン会場には、笑点の大喜利でおなじみのオレンジ色の着物姿でピースを連発していたこん平さんが、次女の咲さんとともに車椅子で登場しました。

 

チャリティ笑点の会場の中継からは、笑点の司会者である桂歌丸さんの「こんちゃーん、早く帰ってきてよ、こっちに」、こん平さんの後を継いで「笑点」に出演している林家たい平さんも、「いつでも帰ってきてください」と涙を見せながら呼びかけていました。

 

そして、かすれた声の状態のこん平さんと、咲さん、そして武道館の観客とともに「1・2・3、チャラ~ン!」と発声したのでした。

 

チャラ~ン! のときに、ぜひともこん平さんにも両手を上げてほしかったのですが、残念ながらちゃんと上げることはできず。

 

でも、自分ではこれでもめいいっぱい上げたつもりなんだよというこん平さんの思いと気持ちは、見ているこちらにも伝わってきたのでした。

 

ユーザーさんたちは、痛々しくて見ていられなかったという方が多かったようですが、私は、10年ぶりにこん平さんの元気な姿が見られてうれしく感じましたね。

 

本来ですと、この後チャリティマラソンの記事に入るところなんですが、この時点で相当長くなってしまいました。

 

したがいまして、この続きは次の記事で書くことにしますね。 (836)

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