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この記事は、5月27日に更新の、5月22日放送「笑点歌丸ラスト大喜利SP」の放送内容を私なりに振り返ってみました 「NHKスペシャル」も少しだけから1週間後の放送の内容となります。

 

5月22日に、「笑点」の5代目司会者である桂歌丸さんが勇退され、6代目司会者に決定した春風亭昇太さんとなったことで、5月29日の笑点は、昇太さんが司会になってからの初めて放送で、しかも生放送!

 

私としては、笑点の大喜利新メンバーが最初に発表され、主に大喜利のコーナーを拡大という形の30分になるのではないかと思っていました。

 

ところが! タイトルにもありましたように、実はなんと24時間テレビのチャリティマラソンランナーも発表されるという、ちょっとしたサプライズ的なことも含まれた生放送となったのでした!

 

また、29日は生放送だったので、もしかすると、通常のレギュラー放送の放送回数にはカウントされないのかなと思っていたら、オープニング後すぐの大喜利で「2515回」と表示されることに。

 

つまり、笑点の6代目新司会者となった春風亭昇太さんが記念すべき初司会を務めた放送が2515回となったわけなんですね。

 

●ネット上で早くも話題になっていた 笑点大喜利の新メンバーは誰なのか?

 

5月22日の生放送で、昇太さんが笑点6代目の新司会者となり、大喜利メンバーの枠が空いたとなると、当然そこに大喜利新メンバーが入ることになります。

 

そのため、新司会者が決まってからすぐ、ネットでは、笑点の情報に関して大喜利新メンバーは誰なのかが持ちきりとなっていました。

 

新メンバーついては、番組終了後に中村博行プロデューサーが次のように明らかにしていました。

 

「新メンバーは入ります。

 すでに決まっています。

 来週の生放送で発表させていただきます」

 

この中村プロデューサーからの予告がネットニュースでも紹介されたことで、ネット上では、早くも「林家系はやめてほしい」「立川流がいいかも」と、新メンバーが誰になるかが話題となっていました。

 

その中でも、もっとも勘弁してほしいという新メンバーは、林家木久扇さんの息子である林家木久蔵さんによる親子での出演でもありましたね。

 

もうひとつ、笑点の演芸コーナーの枠でたまに行なわれる若手大喜利の中から、もしかすると新メンバーの抜擢があるのではないかとの声もありました。

 

●大喜利新メンバーは2代目林家三平に!

 

気になる大喜利新メンバーについては、オープニング前の生放送の最初で、大きな段ボールの箱に入った状態で隠れていました。

 

そして、笑点のオープニング後すぐに開催された大喜利で、笑点メンバーと山田隆夫さんのあいさつの後、ついに大喜利新メンバーが登場したのでした!

 

ネットでいろんな人が候補に上がっていた中、実際に登場したのは…あの林家三平さんだったのでした!

 

先ほどの、「林家系はやめてほしい」というユーザーさんの望み通りとはならなかったものの、いちばん最悪と言われていた林家木久扇さんの息子である林家木久蔵さんによる親子での出演ではなかったようです。

 

林家三平さんといえば、初代が昭和の爆笑王と呼ばれた、父親の林家三平さんの息子でもあります。

 

このたび大喜利新メンバーとなった三平さんは、いまは亡き父の林家三平さんの2代目となります。

 

そのため、三平さんは落語界のサラブレッドと呼ばれているそうです。

 

ちなみに、本名は海老名泰助。

 

東京都台東区出身の1970年12月11日生まれの、現在45歳でもあります。

 

1989年~2009年までは、林家いっ平という名称で活躍していました。

 

何よりもすごいのが、三平さんの家族!

 

まず、妻が女優の国分佐智子さん。

 

兄は、林家こぶ平あらため、9代目林家正蔵。

 

三平さんはその次男となります。

 

姉も2人いて、海老名みどりさんと泰葉さん。

 

義兄となると、俳優の峰竜太さん、

 

元義兄までいくと、泰葉さんの元夫でもある、落語家の春風亭小朝さんまでいますからね!

 

また、これは大喜利メンバーになるための条件なのかどうかはわからないのですが、当然のことながら落語家として真打に昇進しています。

 

「それでは、新メンバーのあいさつをどうぞ」

 

と、6代目新司会者の昇太さんから言われたことにより、三平さんは、

 

「笑点の偉ーい人から、きょうまでしゃべっちゃダメだよ、とずーっと言われて、がんばって我慢してきました。

 ですから、うちの(国分)佐智子、嫁も知りません。

 どうぞよろしくお願いします、三平です!」

 

と、妻の佐智子さんさえも大喜利メンバーになったのを知らなかったことを明かしながらのごあいさつとなったのでした、

 

その際の、三平さんが来ていた着物の色は黒。

 

おそらくそれは、大喜利新メンバーとしての初めての出演で、まずはお披露目までということもあったのでしょう。

 

着物の色はこれから決めるそうですが、円楽さんの、

 

「ブラック団でいいよ」

 

という声で、大喜利メンバー初の着物の色が黒というのも良さそうに感じました。

 

なにしろ、最初の円楽さんのごあいさつで、三平さんはすでにブラック団に入ることが決まっていたそうですからね。

 

そのうえ笑点においては、林家たい平さんにとって、三平さんは兄弟弟子。

 

林家木久扇さんにとっては2代目師匠の孫!

 

三遊亭好楽さんにとっても最初の師匠の孫! といったように、まるで、林家一門が笑点で勢力を拡大しているようにも感じたのでした。

 

●大喜利新メンバーだけではない、24時間テレビチャリティマラソンランナーの予告も!

 

しかも、生放送のメインであったはずの大喜利新メンバーだけでなく、実はもうひとつメインとなるべき発表もあったのでした。

 

それは、司会の昇太さんから、

 

「そしてですね、本日はなんと、笑点の番組中にですね、24時間テレビのマラソンランナーの方も発表になるということです!」

 

と予告があったことで、なんと笑点の番組中に今年の24時間テレビのチャリティマラソンランナーも発表になることがわかったのでした!

 

でも、笑点の番組だからといって、必ずしも笑点メンバーの中からマラソンランナーが選ばれるとは限りませんからね。

 

これは最後まで見てみないと誰になるかわからないでしょう。

 

●昇太が6代目初司会の大喜利についても触れてみました

 

せっかく、昇太さんが6代目となって初司会の生放送で、三平さんも大喜利新メンバーに加わったのですから、当日の大喜利についても1問目~3問目まで触れてみることにしましょう。

 

もちろん、テレビ好き厳選の、

 

うまい答え → 【ウマコタ】

面白い答え → 【オモコタ】

悪いけれども面白い答え → 【ワルオモコタ】

 

もありますからね。

 

1問目 笑点新漢字(入を「偏(へん・漢字の左側に位置する部分のこと)にしたフリップを使って)

笑点51年目を無事にスタートさせることができた。

出て行く人もいれば入って行く人もいる。

そこで「笑点新漢字」。

「入」を偏に読み方を発表していただきたい。

 

【オモコタ】 林家木久扇

入る音と書いて「おトイレ」

 

【ウマコタ】 林家三平

入るに三と書いて「三平入りました。どうぞよろしくお願いいたします」

 

2問目

世の中には「それじゃダメじゃん」とツッコミを入れたくなることがよくある。

そこでみなさん、いろんな人になって「私誰々ですが」と感心できないことを言ってほしい。

私が「それじゃダメじゃん」と言うので、さらに続けていただきたい。

 

【ウマコタ】 林家三平

三平「私クラシックの指揮者なんですけど、指揮棒を忘れたままステージに上がってしまいました」

昇太「それじゃダメじゃん」

三平「人生棒に振ってしまいました」

 

3問目 笑点アイデア会議

新しくなった笑点。

良くしたいと考えていると思う。

そこでもって、これからの笑点はこうしましょうといろいろとアイデアを言ってほしい。

私が「いいですね」と言うので返していただきたい

 

3問目では、三平さんの【ウマコタ】【ワルオモコタ】という2つの対照的な答えが印象的でした。

 

【ウマコタ】

三平「今度の収録、見通しがいい東京スカイツリーでやりましょうよ」

昇太「おっ、いいですね」

三平「あっ、ここでいいです。

 なんせ司会(視界)が素晴らしいですから」

 

【ワルオモコタ】

三平「笑点をよくするために、司会者にキャッチフレーズを付けましょう」

昇太「いいですね」

三平「うちの姉が『独身チビ野郎』って言ってました」

 

【ワルオモコタ】については、なんだか今後、円楽さんによるブラック団の一味として、「結婚できない」「お1人様」というイメージがある司会の昇太さんに対して、円楽さんも顔負け(?)なブラックな答えを出す可能性がありそうという期待感があったのでした。

 

当然のことながら、昇太さんは【ワルオモコタ】の答えを聞いて、それまで順調に1枚ずつ獲得していた座布団も全部没収するよう山田くんに指示してましたけどね。

 

そして昇太さんは、6代目新司会者としての初司会について、

 

「緊張するかと思ったら、意外と緊張しなかったですね」

 

と、早くも大物司会者ぶりを見せたような感想を述べたところで、大喜利のコーナーは終了となりました。

 

●24時間テレビ39のチャリティマラソンランナーは林家たい平に決定!

 

大喜利終了後は、早くも今年の「24時間テレビ39 愛は地球を救う」の総合司会として、フリーアナウンサーの羽鳥慎一さんと、日テレアナウンサーの水ト麻美さんが登場。

 

その場で、24時間テレビのチャリティマラソンランナーも発表されることに。 しかも、笑点メンバーの中からの発表であることが告げられたのでした。

 

CMをまたいで、会場が暗くなった状態で、ティンパニロールも流れるなど、大々的な演出の中で発表されたのは、林家たい平さん!

 

実は羽鳥さんによると、たい平さんにはすでにオファーを出していて、たい平さん自身も承諾していたとのことでした。

 

その後に流れたVTRでは、なぜ今回たい平さんが走るのかの理由について、以下の3つの想いが紹介されされました。

 

走る理由① 笑点への想い

今年で笑点50年

自分を世に出してくれた笑点を走りで盛り上げたい

 

走る理由② 桂歌丸への想い

笑点を50年引っ張ってくれた桂歌丸へ、感謝の気持ちを伝えたい

 

走る理由③ 師匠林家こん平への想い

自分を育ててくれた師匠は難病に犯され、10年以上闘病生活を送っている

一生懸命走っている姿、それが師匠に届けば、弟子には負けないという思いになってくれたらうれしい

 

このように、笑点、桂歌丸、師匠林家こん平へ感謝とエールを届けるため、たい平さんは24時間テレビのマラソンに挑むことになったのでした。

 

最後は、決意の一言として、たい平さんは、

 

「僕では力不足であることは重々承知のうえ、でも一生懸命みなさんの思いを乗せて走ることを決めましたので、がんばろうと思います。

 よろしくお願いします」

 

と涙ながらに語った後、深々と頭を下げたことで「笑点新メンバー&24時間テレビマラソンランナー発表SP」の生放送は終了となったのでした。

 

なお、2016年の24時間テレビ39の放送日も発表され、今年は8月27日(土)~8月28日(日)ということです! (81)

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この記事は、2016年5月5月15日放送 笑点50周年記念スペシャル「歌丸師匠勇退前に…50年分の歌丸事件簿まとめ」  の続きの内容となります。

 

2016年5月15日に、笑点50周年記念に続き、2016年5月22日(日)の17時30分には、「笑点歌丸ラスト大喜利SP」と題し、放送枠を90分に拡大して一部生放送で放送されました。

 

司会の桂歌丸さんをはじめ、三遊亭小遊三さん、三遊亭好楽さん、林家木久扇さん、三遊亭円楽さん、春風亭昇太 さん、林家たい平さん、山田隆夫さんら、おなじみの笑点メンバーに加え、ジャニーズの人気グループ「TOKIO」がゲスト出演。

 

笑点メンバーと対抗大喜利も行なわれたのでした。

 

そこで今回も、大喜利のコーナーのみ、私ことテレビ好き厳選(そうでもなかったりして?)として、

 

うまかった答え → 【ウマコタ】

面白かった答え → 【オモコタ】

 

という形で、うまかった答えと面白かった答えを選びつつ、5月22日の「笑点歌丸ラスト大喜利SP」の放送内容を私なりに記事で振り返ってみたいと思います。

 

●笑点TOKIO対抗大喜利(VTR)

 

笑点TOKIO対抗大喜利では、

 

[笑点チーム]

三遊亭小遊三

三遊亭好楽

林家木久扇

三遊亭円楽

春風亭昇太

林家たい平

 

[TOKIOチーム]

城島茂

山口達也

国分太一

松岡昌宏

長瀬智也

 

このように2つのチームに分かれて大喜利を行ない、座布団の合計が多かったチームに素晴らしい賞品がプレゼントされるということでスタートしました。

 

1問目

今日(5月22日)から、笑点は51年目に突入する。

そこでみなさんに、数字の「5」と「1」の札を使って、短いストーリーをこしらえていただきたい。

 

【オモコタ】 三遊亭円楽

「笑点を卒業して、『1』1年でご『5』臨終でした」

 

2問目

ハンドマイクを手に相手を挑発するというのは、プロレスでもおなじみの光景。

そこで、笑点VSTOKIOマイクパフォーマンス合戦。

まず相手チームの誰かを名指しで挑発する。

言われたほうが「それがどうした」と言うのでさらに続けていただきたい。

 

【オモコタ】 三遊亭円楽

円楽「オイ、国分!

 お前たち日本一のラーメンを作ったって言ったな!」

国分「それがどうした!」

円楽「ふざけた話だがな、木久蔵ラーメンはな、あのじいさん(歌丸さんのこと)でダシ取ってんだ!」

 

【オモコタ】 林家たい平

たい平「オイ城島!

 最近髪が薄くなったと評判だぞ!」

城島「それがどうした!」

たい平「リーダーとしての影も薄くなったと評判だぞ!」

 

といったウマコタやオモコタがありながら、対決大喜利は2問で終了し、座布団の数でTOKIOが勝利することに。

 

素晴らしい賞品として贈呈されたのは、歌丸さんの似顔絵が入った歌丸スコップというもの。

 

使うのもったいない、飾っておこうと言っていたメンバーでしたが、その日の19時から放送されたDASH島で、早速歌丸スコップが使われたのでした。

 

●笑点50年分のウラ事件簿(録画)

 

このコーナーも生放送ではなく録画での放送に。

 

司会進行に日テレアナウンサーの水ト麻美さんを迎えて行なわれていました。

 

内容は、お茶の間で放送された笑点の表の部分ではなく、ウラ側で起こった事件にスポットを当てるというもの。

 

全部で3件の事件簿として紹介されましたので、その内容をダイジェストで振り返ってみることにしましょう。

 

笑点50年分のウラ事件簿①

桂歌丸死亡事件

この事件のきっかけは、いまから15年ほど前に日本テレビのスタッフにかかってきた1本の電話。

電話の主は日本テレビの報道局だった。 「すみません。

 私日本テレビの報道局の者ですが、歌丸師匠がお亡くなりになられたそうで…。

 報道局に歌丸師匠が亡くなったという情報が入ってきたもので…」

当然電話を受けたスタッフは驚き、周りも「歌さんが亡くなった」と騒然となることに。

そこでスタッフは、歌丸さんの妻である富士子さんに電話をかけ、

「現在、歌丸師匠は…?」

とおそるおそる声をかけることに。

すると富士子さんは、あっさりと次の一言。

「お父さんならいま平塚で独演会してますけど」

それを聞いたスタッフは、

「エッ! 生きてるってことですか」 と驚いたような声をあげ、歌丸さんが生きていたことに喜んだのだった。

結局はデマだっことがわかり、日本テレビの報道部にスタッフが電話をかけ直したことで、そのことを伝えたのでした。

 

笑点歴29年 大畑仁プロデューサーの証言

「当時インターネットの走りでしたから、歌丸死亡なんていうデマが時々流れていました」

 

歌丸さんも今回初めて知ったという歌丸死亡説は、事実確認ということで裏取りの電話だったとのこと。

 

しかも水トさんによると、1回だけでなく2回あったそうです。

 

一体こういうデマは誰が流しているのかということで、真っ先に円楽さんが疑われる場面もあったのでした。

 

笑点50年分のウラ事件簿②

歌丸驚きの木久扇サギ事件

それは、いまから38年前の出来事。

当時まだ木久扇が木久蔵の名前で活躍していた41歳のときだった。

木久蔵「ゾウですか…」

現地の男性(以下、男性)「そうです、ゾウです」

木久蔵「ゾウって、パオーンと鳴く?」

男性「そうです、そのゾウです」

実はそのころ、家族とともにタイ旅行に来ていた木久扇。

そこで出会った現地の男性と出会い、ゾウの購入を持ちかけられた。

血統書付きで、定価500万円のところ、特別特価の90万円の大特価のゾウであると話した現地の男性。

“ゾウか…。

 ゾウを飼ったところでなぁ…”

と木久扇が思ったことで、どう考えても怪しい話だったが、

“待てよ。

 木久蔵がゾウ…。

 話題になるかも…”

と思ったらしく、

「買う!

 このゾウ買った!」

なんとその場でゾウ購入を即決してしまった!

90万円を支払い、日本へ帰国後ゾウの到着を待つことにした木久蔵。

最初は躊躇したものの、いったん購入したらしたで、ゾウの到着が待ち遠しくなるもの。

そのためか、家にいても、

木久蔵「なあお前、今日ゾウ届いてなかったよね?

妻「ゾウ?

 そんなもの届いてません」

木久蔵「そっか…。

 ゾウまだかなぁ」

と、日々妻にゾウが届いたかどうかを聞くほど気になっていたのでした。

しかし、来る日も来る日もゾウはやってこない。

ついにしびれを切らした木久蔵は、タイに催促の電話をかけた。

木久蔵「あの~、すみません。

 私のゾウ届かないんですけど」

男性「あ~、ゾウか!

 実は風邪を引いてしまって」

木久蔵「えぇー、そりゃ大変だ!」

男性「そこでだ、ゾウの風邪薬代と、体調が良くなるまでエサ代、10万円振り込んでくれるか?」

木久蔵「わかった、いますぐ振り込むよ」

その後、木久扇が何度も催促の電話をするたびに、現地の男性は、

男性「今度はゾウが太り過ぎて捻挫した。

 10万円いいか?」

「ゾウの出国手続きにお金かかる」

と、何かと理由をつけてお金を要求。

そしてついには、

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

こうして、ゾウを売る男と連絡も途絶え、「木久ゾウ計画」は幻に終わったのだった。

 

木久扇さんによると、ゾウを買おうと思ったのは「林家木久ゾウ」というしゃれだけではなく、次のような狙いもあったそうです。

 

「ゾウを買おうと思ったのは、ゾウの背中に籠を付けて、その籠に子供を乗せたら相当稼げるんじゃないか。

 広い土地も抑えちゃったし、檻作っちゃったりなんかして相当お金使っちゃったのよね。

 やんなっちゃった…(会場笑)」

 

考えてみれば、振り込め詐欺というのはいまに始まったことではなく、なんと38年も前からすでに行なわれていたことにもなりますね。

 

笑点50年分のウラ事件簿③

歌丸が救った好楽引退事件

これは、2000年2月6日に放送された笑点でのこと。

いつものように大喜利メンバーとして出演していた好楽だったが、実はこの1時間前まで笑点引退を決意していたという。

その事件は、収録直前の楽屋で起こった。

楽屋では、当時師匠で先代であり、笑点の4代目司会者だった三遊亭圓楽(当時57歳)が、三遊亭好楽(当時53歳)の大喜利のごあいさつを見てもらっていた。

ひととおりあいさつを終えて頭を下げ、

「こういうあいさつでいかがでしょう」

と好楽が圓楽に問いかけると、圓楽は

「全然面白くない。

 なんなんだその話は…。

 どうしてお前は何年やってもダメなんだ!」

六代目三遊亭円楽の証言

「とにかくね師匠は、怖いというより厳しい。

 妥協がなかったね。

 特に好楽さんの場合は、ちょっとした箸の上げ下ろしまで厳しくしつけられてましたよ」

しかも、この日の圓楽さんの指導は特に厳しく、

「もういい!

 いますぐ辞めちまえ!!」

これも、弟子への愛情の裏返しなのだが、あまりの圓楽の剣幕に圧倒された好楽は、楽屋の自分の荷物をまとめると、

「長い間お世話になりました…」

と言って楽屋から出て行ってしまった。

もちろん、2人のスタッフは、「ちょっと好楽師匠!」「お待ちください!」と言って止めたものの、圓楽は、

「ほっとけ!」

と怒鳴ると、ようかんらしきものをほおばっていた。

楽屋を飛び出して行った好楽をスタッフが探していると、ロビーですすり泣いていた好楽の背中があった。

スタッフA「戻りましょう好楽師匠」

スタッフB「一緒に帰りましょう」

好楽「いいよ…」

スタッフA「圓楽師匠も本気じゃないですよ」

スタッフB「一緒に謝りましょう」

好楽「ほっといてよ」

怒る圓楽に、号泣する好楽。

もはや手のつけらない状態。

すると、その様子を遠くから見ていた桂歌丸(当時63歳)が楽屋へ戻ると、圓楽に向かって次のように話しかけた。

歌丸「圓楽さん」

圓楽「あぁ、歌さん」

歌丸「どうかひとつ、ここは私の顔に免じて、好楽さんを許してもらえませんか?」

圓楽「(少し渋い表情をしながらも)…歌さんが言うなら、俺は構わんよ」

歌丸「あぁ、それはありがたい。

 どうも。」

こう言って頭を下げた歌丸。

そしてすぐに、

「失礼します」

スタッフの声で楽屋のドアが開くと、そこには好楽が現れ、師匠の圓楽に向かって軽く一礼することに。

さらに、畳の上に座ると、

「すみませんでした」

と深々と頭を下げて謝罪した好楽。

こうして歌丸さんの計らいがきっかけで、当日の大喜利の収録になんとかこぎつけた。

 

それでも収録が始まれば、それまでのことが何事もなかったように振る舞っていた、圓楽さんと好楽さん。

 

まさにプロと言えるでしょう。

 

ナレーションでは、「数々の汗と涙と修羅場のうえに、笑点の舞台は支えられているのだ」で締めくくられていました。

 

●ナイツと歌丸コラボ漫才(録画)

 

時間は短かったですが、お笑いコンビのナイツと歌丸さんがコラボで漫才を行ないました。

 

面白い場面があったら【オモテン】を採用の予定だったものの、残念ながらありませんでした。

 

あっ、でも歌丸さんの「M-1知らんぷり」はちょっとだけ面白かったですね。

 

●ついに歌丸ラスト大喜利!(生放送)

 

最後は、桂歌丸50年の集大成ということで行なわれた、歌丸ラストの大喜利!

 

いつもは、歌丸さんから少しひねりを加えて紹介されるメンバーですが、本当に前夜はそうだったらしく、夕べから涙が止まらなかったみなさんと紹介されました。

 

でも山田隆夫さんだけは、我慢できなかったのか、ごあいさつの時点で涙ぐんでいましたね。

 

ラスト大喜利でも【ウマコタ】【オモコタ】を採用しますが、3問目だけは、

 

悪いけど面白い答え → 【ワルオモコタ】

 

と新しい評価を加えることで、私こそテレビ好き厳選で書いてみたいと思います。

 

1問目

私が笑点の引退を発表してから、次の司会は誰なのかといろんなところで話題になっている。

そこでみなさん、古今東西の有名人を挙げて、笑点の司会に誰々がなりましたと言ってほしい。

私(歌丸)が「どうなりました?」とうががうので、返事を返していただきたい。

 

【ウマコタ】 林家木久扇

木久扇「笑点の司会者にアンパンマンがなりました」

歌丸「どうなりました?」

木久扇「メンバー一堂いい案(餡)が出るようになりました」

 

【ウマコタ】 春風亭昇太

昇太「笑点の司会者に池上彰さんがなりました」

歌丸「どうなりました?」

昇太「いまの答えはどこが面白くないのか、解説してくれました」

 

2問目

私は今日で笑点の司会からお別れをするわけだが、笑点に涙というのは似合わないと思う。

そこでみなさんに、豪快に笑いながら一言。

私が「どうしたの?」とうかがうので、返事を返してもらいたい。

 

【オモコタ】 林家たい平

たい平「ウッハッハッハッハッハッ!」 

歌丸「どうしたの?」

たい平「ファミリーレストランで、昇太が1人で食べてんの」

 

【ウマコタ】

木久扇「フッハッハッハッ、アハハハハハッ」

歌丸「どうしたの?」

木久扇「こうやって世界中が笑える世の中になるといいね」

 

3問目 桂歌丸から出す最後の問題

私歌丸に、何か贈る言葉をかけてほしい。

私が「○○さん」とみなさんの名前を言って「ありがとう」と礼を言うので、さらに続けていただきたい。

 

【ワルオモコタ】 三遊亭円楽

円楽「歌丸師匠、笑点卒業しても、また全国を落語で旅をして、僕に車椅子を押させてください」

歌丸「円楽さんありがとう」

円楽「駅のホームって傾斜があるんですね」

 

【ワルオモコタ】 三遊亭小遊三

小遊三「歌丸師匠、お疲れ様でございます。

 お礼に湖畔の宿を予約しておきました」

歌丸「小遊三さんありがとう」

小遊三「師匠、これが最後です…抱いてください」

 

この小遊三さんの答えで、歌丸さんの、

 

「山田くん、気持ちが悪いから全員の全部持っていきなさい!」

 

の声で、メンバー全員の座布団が没収されてしまったのでした。

 

本来であれば、「もう笑点」のときから、ラストということで、今日はメンバー全員座布団10枚をあげると決めていたはずの歌丸さん。

 

しかし、小遊三さんのあの答えじゃ、全員の座布団が没収されてもしかたがないでしょうね。

 

そして、歌丸ラスト大喜利の最後に、歌丸さんから次のようなごあいさつがありました。

 

「大変にお名残惜しいんですけど、お別れをしたいと思います。

 生放送でお送りした、私最後の大喜利のお時間のようでございます。

 みなさん、私に対して50年間本当にありがとうございました。

 厚く御礼を申し上げます。 

 ありがとうございました」

 

●6代目新司会者は春風亭昇太に決定!

 

こうして、歌丸さんの大喜利最後のごあいさつの後、日テレアナウンサー舛太一さんが登場。

 

50年間笑点に出演したことへの感想を舛アナウンサーが求めると、

 

「私のひとつの大きな思い出になると思います」

 

と歌丸さんは答えていました。

 

そして、注目の6代目新司会者については、

 

「それでは、新しい司会者を発表させていただきます。

 春風亭昇太さんにお願いをしたいと思います」

 

と歌丸さんがおっしゃったことで、6代目司会者は春風亭昇太さんに決定しました!

 

事前にではなく、その場での発表だったらしく、6代目司会者決定ということで、歌丸さんの右側へと移動し、正座をした昇太さん。

 

お話を聞いた瞬間について舛アナウンサーがうかがうと、

 

「エーッって思いました」

 

とコメントし、

 

「いや、もう歌丸師匠の後っていうのはですね、プレッシャーはありますけどね、考えてもしょうがないんで、一生懸命やりたいと思います」

 

と意気込みを語ったのでした。

 

さらには、昇太さんが笑点の新司会を務めるにあたり、歌丸さんが次のようなアドバイスを。

 

「とにかくね、昇太さん、今日までのことはすべて忘れて、今度は昇太さんなりの笑点の司会をやってもらいたいと思います。

 よろしくどうぞお願いいたします」

 

これを聞いた昇太さんは、

 

「とりあえずがんばります」

 

と言って、深々と頭を下げたのでした。

 

●桂歌丸が笑点の司会者勇退でもう見られなくなるシーン1 三遊亭円楽の歌丸いじり

 

桂歌丸さんが笑点を勇退したことで、もう見られないシーンが2つほどあります。

 

1つ目は、三遊亭円楽さんの「やるかじじい!」という歌丸さんへのいじりてす。

 

たとえば、私が覚えているのは、

 

楽太郎「先輩に逆らって何が悪いんだ」 歌丸「悪いさ」 楽太郎「やるかじじい!」

 

と言ったことで、司会の歌丸さんが素早く立ち上がって激怒したシーンでした。

 

あと、臨終ネタも、楽太郎さんや円楽さんになってからも続いていましたね。

 

でもナレーションでは、円楽さんによる歌丸さんのいじりについて「死にぞこない扱い」と表現することに。

 

そっちのほうが、円楽さんによる歌丸いじりを表現するにふさわしい言葉と言えそうですね。 けれど、円楽さんが歌丸さんをいじるのは、なんと歌丸さん自身がそうしてほしいと円楽さんに話したからなのだそうです。

 

私も、

 

「円楽さん、ネタに困ったら俺をいじっていいから」

 

と、歌丸さん自らがそう言っていたのをテレビ番組で見たことがありました。

 

●桂歌丸が笑点の司会者勇退でもう見られなくなるシーン2 山田くんの卒業いじり

 

歌丸さん司会による笑点勇退で、もう見られなくて寂しい場面はもうひとつあります。 それは、たい平さんによる山田隆夫さんの座布団運び卒業いじりです。

 

たとえば、大喜利の答えで、たい平さんの答えが山田くんの卒業に関するネタだったとします。

 

すると、それを聞いた山田くんが舞台袖から激怒しながら出てくるとたい平さんを突き飛ばし、ついでにたい平さんの座布団を全部持って行ってしまうことに。

 

しかし歌丸さんが、

 

「山田くん、たい平さんに3枚やって」

 

と言ったことで、せっかく奪い取った座布団だったのに、元に戻すばかりか3枚まであげなければならなくなり、「なんで~!?」と納得がいかない表情をしていた山田さんのくだりは面白かったですね。

 

この一連のくだりは、歌丸さん勇退後、ぜひ次の6代目新司会者にも受け継いでもらいたいものです。

 

●ネット上で早くも話題に 笑点大喜利新メンバーは来週の生放送で発表!

 

昇太さんが新司会者となり、大喜利メンバーの枠が空いたとなると、当然そこに大喜利新メンバーが入ることになります。 新司会者が決まってすぐ、ネットでは笑点の情報に関してそのことで持ちきりとなっていました。 これについては、番組終了後に中村博行プロデューサーが明らかにした。

 

「新メンバーは入ります。

 すでに決まっています。

 来週の生放送で発表させていただきます」

 

つまり、この記事を更新した5月29日の日曜日の笑点は、また生放送となるわけです!

 

●21時の「NHKスペシャル」でも桂歌丸が司会進行で出演!

 

桂歌丸さんについてもうひとつ。 「笑点歌丸ラスト大喜利」が終了した同じ日の21時にNHK総合で放送された「NHKスペシャル」で「人生の終(しま)い方 大切な人に何を残しますか」のテーマで、桂歌丸さんが司会進行を務めていました。

 

その中で、内容を少しだけということで、以下に挙げるエピソードをご紹介してみたいと思います。

 

歌丸さんと三遊亭圓楽さんとは同世代。 50年以上にわたって切磋琢磨してきました。 そのためか、圓楽さんは亡くなる前に歌丸さんに電話をかけ、たった一言、絞り出すように、

 

「歌さん頼むよ」

 

と告げたそうです。

 

これについては歌丸さんは、

 

「いろんな頼むが入っていたわけです。

 番組のこと、ご一門のこと。

 一番頼むと言ったのは、たぶん落語界のこと、落語のこと」

 

と話し、

 

「わかりました。いいよ」

 

と応じて電話を切ったということです。

 

実は、歌丸さん自身も、自らが亡くなることも考え、落語界について次のように述べていたのでした。

 

「落語界を託してもいい人が見えてきて。

 1人じゃない。

 3人いる。

 この3人があたしが『頼む』と言ったときにいてくれればいい」

 

見据えたということでした。

 

この歌丸さんの言葉を聞いて、歌丸さんが落語界を託してもいいという3人は一体誰なのかが、少し気になりましたね。

 

ということで、5月22日に一部生放送された「笑点歌丸ラスト大喜利SP」の放送内容と、「NHKスペシャル」も少しなど、私なりに振り返った記事をお送りいたしました。 (710)

この記事は、2016年5月15日に更新の、祝 ついに「笑点」50周年&満50年! 5月8日の放送では座布団10枚も達成していた!の続きで、5月15日に放送された笑点50周年記念スペシャルの内容となります。

 

さてさて、5月15日に午後17時~午後18時まで1時間にわかって、笑点50周年記念スペシャル「歌丸師匠勇退前に…50年分の歌丸事件簿まとめ」というタイトルで放送されました。

 

そこでこの記事では、5月15日に放送された笑点50周年記念スペシャルの内容を私なりに振り返ってみることにしました。

 

では、以下より笑点50周年記念スペシャル「歌丸師匠勇退前に…50年分の歌丸事件簿まとめ」を内容別に振り返ってみることにしましょう。

 

 

●50周年記念口上

司会の桂歌丸さんをはじめ、笑点メンバーが50周年を記念するとともに、新たな決意を込めたごあいさつを行ないました。

 

●笑点50年分の歌丸まとめ①

 座布団10枚獲得の歴史

このコーナーでは、司会の歌丸さんと笑点メンバーに加え、司会進行役に、日本テレビアナウンサーの水ト麻美さんが登場し、笑点50年の歴史を振り返るとして行なわれました。

 

私のブログでもう何度も書いていますように、桂歌丸さんは唯一「笑点」の第1回目から出演されています。

 

もちろん、笑点メンバーとして過去に何度も座布団10枚を獲得していました。

 

そこで、まずは座布団10枚獲得の歴史ということで、次に挙げる放送日のVTRが流れました。

 

2001年8月12日に放送

三遊亭小遊三が、見事座布団10枚を獲得。

賞品は「2001年宇宙の旅」ということだったが、実際に贈呈されたのは2001円の府中市による白い足袋だった(2001年府中の足袋)。

 

1999年12月12日放送

林家木久扇(当時林家木久蔵)が座布団10枚を獲得し、幼稚園の1日園長に。

園児の前で落語も披露した。

 

2001年12月16日放送

三遊亭円楽(当時三遊亭楽太郎)さんが座布団10枚獲得。

賞品は、司会の三遊亭圓楽さんの似顔絵が入った笑点特製のスノーボードが贈られた。

それを見た楽太郎さんは、次のように一言。

「これ、歌丸師匠にしてくれるとよく滑るんですよ」

 

2014年11月16日放送

三遊亭好楽が座布団10枚を獲得したことで、日テレの永久無料の社員食堂利用カードを贈呈。

限度額は無期限で、有効期限は死ぬまで。

しかもこのカードは、好楽だけでなく、好楽の家族やお弟子にも適用されるという。

 

これらの名場面がVTRで流れた後、まだ笑点メンバーだったころの歌丸さんの、座布団10枚獲得の場面が紹介されます。

 

この場面が紹介されたことで、ナレーションでは「座布団10枚獲得すること、なんと13回」と、大喜利メンバーだったころの歌丸さんは、過去に座布団10枚を13回獲得していたことが明らかとなったのでした。

 

座布団10枚獲得の賞品や特典は、賞品名や特典のタイトルを裏切るようなユニークなものばかり。

 

VTRでは以下の場面が紹介されていました。

 

1983年10月23日放送

歌丸さんと木久蔵さんが2人で、皇居を1周するマラソンを行なう(スターターは林家こん平)。

 

1987年11月22日放送 地下鉄の車内に、歌丸さんの中吊り広告と、歌丸さん本人も乗り、座席に座っていた。

当然、その車両に乗ってきた親子連れの乗客は、「キャッ!やだ!歌丸さん」と驚いていた。

 

1989年5月21日放送

超豪華客船「クイーンエリザベス2」に、歌丸さんが妻の富士子さんと一緒に夫婦で乗船。

夫婦水入らずのひとときを過ごしていた歌丸さんは、

「他の人が経験できないようなことができたんですから、私たちは幸せですよ」

と言うと、妻の富士子さんも、

「ありがとうございました」

と言って感謝の言葉を述べていた。

 

さらに、歌丸さんが初めて座布団10枚を獲得したときの貴重な映像も公開されました!

 

それは、1975年9月7日放送の「笑点」で、1ドルがおよそ300円だった時代に、飛行機でアテネ空港に降り立ち、ギリシャ訪問をした歌丸さんの姿でした。

 

しかもその格好は、皇居1周マラソンで見たランニングに短パン姿。

 

ナレーションによると、はるばるとギリシャを訪れた目的とは、聖火マラソンだったのでした。

 

歌丸さんは聖火リレーで使用される聖火トーチ(もちろんレプリカ)を持ちながらアテネの街を駆け抜け、最後に向かった先は、なぜか海岸。

 

トーチを持ったまま海の中に入ると、次のカットでは、歌丸さんが海で泳いでいた場面が映し出されることに。

 

ナレーションでは、「そのまま日本まで泳いで帰ったとか、帰っていないとか」で締めくくられていました。

 

VTR明けには、座布団10枚を獲得の賞品や特典の中で、いちばん印象に残っているのはアテネであると話していた歌丸さん。

 

さらに、笑点メンバーの中で、これまで座布団10枚を多く獲得しているのは、林家木久扇さんの16枚であったことも明かされたのでした。

 

笑点50年分の歌丸まとめ②

かぶり物の歴史

大喜利の名物である「かぶり物」。

 

中でも歌丸さんはもっともかぶり物が似合うと言われていました。

 

特に、大喜利メンバーのころだけでなく、笑点の司会としても、お題で女性もののかつらをかぶったときは、観客もゲラゲラ笑うほど面白かったりしますからね。

 

そこで、「歌丸のかぶり物傑作選」と題し、次のようなタイトルで歌丸さんにおける大喜利でのかぶり物がVTRで紹介されたのでした。

 

小学生の男の子

幽霊

オニババ

マジシャン(黒いハット)

坊主

バスガイド

オニ(鬼)

気弱な力士

宇宙飛行士

花嫁

殿様

お釈迦様

ナース

オニ嫁

お月さま

オオカミ

天使

冬将軍(真ん中に「冬」という立体的な文字が入った兜)

 

さらには、過去には笑点特製の「桂歌丸写真集」を出していたことがわかり、その中から、

 

淑女

箱入り娘

プリンセス

 

と題した3枚が紹介されることに。

 

しかも、この3枚の写真は「かぶり物の歴史」のコーナーでも紹介されたのでした。

 

笑点50年分の歌丸まとめ③

史上最古の映像

50年の歴史を誇る笑点ですが、残念ながら放送開始当時の映像は残っていないとのこと。

 

そこで、日テレに唯一残っていた、史上最古の笑点の映像は、1973年8月26日放送の、日本テレビ開局20周年特番「笑点まつり」であったことがわかったのでした。

 

「笑点まつり」は、いつもの後楽園ホールから場所を移し、浅草の浅草寺からの放送となっていました。

 

番組の内容としては、浅草寺本堂内で行なわれた、演芸界の方々や一般の方々も大勢かけつけた中で行なわれた、日本で珍しい「座布団供養」が行なわれることに。

 

笑点で使われ続けて古くなったことにより、役目を終えた座布団がお焚き上げされるという、笑点まつりの一大イベントとして紹介されていました。

 

その後、初代司会者の立川談志さんに、3代目司会の三波伸介さん。

 

当時はまだ大喜利メンバーだった、4代目司会者の三遊亭圓楽さんの貴重なスリーショットも。

 

おなじみの大喜利は、浅草寺境内の仮設舞台で行なわれていました。

 

ほかにも、笑点による意外な催し物として、メンバーが花魁姿で浅草の商店街をパレードする姿もありました。

 

先ほどの3人もその様子を実況していたらしく、花魁姿の歌丸さんが足のバランスを崩してよろめきそうになったときは、

 

三波「誰かひっくり返ったね」

 

談志「歌さんじゃない?」

 

圓楽「栄養失調でしょ」

 

談志「いいもの食っていない」

 

と、歌丸さんをけなしながら大笑いしていたのでした。

 

笑点まつりは、そうそうたるメンバーが集結しスケールの大きなものになったと話していた歌丸さん。

 

また、その当時まだ大喜利メンバーではなかった三遊亭小遊三さんは、当時フランスに留学していたという意外なエピソードも明かされたのでした。

 

このように、「笑点まつり」が日テレで残っていた最古の映像であったことはわかったけれど、できることならそれ以前のさらに古い映像も見てみたいもの。

 

そこで視聴者に向けて、「笑点の古い映像を探しています!」 ということで、立川談志さん、前田武彦さんが司会の大喜利の映像をお持ちでしたら笑点の公式ホームページよりご連絡くださいと呼びかけたのでした。

 

●50周年記念大喜利

50周年記念口上でごあいさつは済ませてありましたので、いつもの笑点メンバーのごあいさつは省略。

 

早速1問目からスタートしたのでした。

 

そこでこの項目では、単に第1問目~第3問目のお題を紹介するだけでは面白みに欠けますので、私ことテレビ好き厳選(?)として、

 

うまいと感じた答え → 【ウマコタ】

面白いと感じた答え → 【オモコタ】

 

といったように、うまいと感じた答えと面白かった答えをそれぞれ【ウマコタ】【オモコタ】と表現してご紹介してみることにしました。

 

では、1問目からまいりましょう

 

1問目

このたび、笑点がめでたく50周年を迎えました。

そこでみなさんに、「めで~たいな めでたいな」と、三河万歳よろしく鼓を打ちながら言ってほしい。

そして私(歌丸)が、「なんでそんなにめでたいの?」と伺うので、続けていただきたい。

 

【ウマコタ】 三遊亭円楽

円楽「めで~たいな めでたいな。

 五輪エンブレム決まってめでたいな」

歌丸「なんでそんなにめでたいの?」

円楽「お粗末じゃなくって市松だ」

 

2問目 笑点50周年記念YES・NOクイズ

みなさんに、笑点にまつわる様々なクイズを出してほしい。

私が必ずYES・NOと札を上げて言うので、正解なら「ピンポーン」。

不正解なら「ブーッ」と言って答えを返していただきたい。

 

【オモコタ】 三遊亭好楽

好楽「円楽と歌丸師匠は仲が悪いと言っているが、それは大嘘である」

歌丸「YES」

好楽「ピンポーン。

 円楽は誰とも仲が悪い」

 

【オモコタ】 春風亭昇太

昇太「木久蔵ラーメンを食べると腹痛を起こす」

歌丸「YES」

昇太「ブーッ。

 まずくて喉を通らないので、腹痛は起こさない」

 

3問目には仲間由紀恵が登場!

私の薄型テレビの番組表でもあらかじめ予告されていたように、3問目は女優の仲間由紀恵さんが大喜利に登場!

 

番宣やPRなどは一切なく、笑点50年を祝福するためだけにかけつけたという仲間さんは、画面に向かって歌丸さんの右隣に座ると、

 

「昔から拝見していた舞台ですので、みなさんとこうやって一緒にいるなんてちょっと信じられなくて、うれしくって舞い上がってしまいます。

 満50年本当におめでとうございます」

 

とあいさつをしたのでした。

 

3問目は、最近は女性の噺家も増えていることで、「○○師匠、弟子にしてください」と仲間さんが笑点メンバーに呼びかけ、それに対し笑点メンバーが返すという形で行なわれました。

 

【オモコタ】 三遊亭円楽

仲間「円楽師匠、弟子にしてください」

円楽「僕が教えれば、3ヵ月で好楽は超えます」

 

こうして3問目が終わり、時間がきたことで、歌丸さんが仲間さんに感想を求めると、仲間さんは、

 

「とても楽しく、見ているよりも、ここでみなさんの声を聞いているだけで楽しく過ごせました。

 ありがとうございました」

 

と、笑点の舞台に上がり、間近で笑点メンバーによる大喜利を見られたことを、感慨深げにうれしそうに話していたのでした。

 

●50周年記念スペシャルの最後のごあいさつで笑点の司会を勇退することを観客に告げた歌丸

 

そして大喜利の最後に、歌丸さんから次のようなごあいさつがありました。

 

「といったところで、1時間にわたってお送りしました笑点50周年記念スペシャル。

 お楽しみいただけましたでしょうか。

 そして来週の笑点は、生放送でお送りしますので、ぜひご覧になっていただきたいと思います。

 ここでちょっと皆様にお話がございます。

 実は私(わたくし)桂歌丸は、来週の放送で最後の大喜利の司会を辞めさせていただきたいと思っております。

 若い方々に譲らなければ長続きしないと思っておりますので。

 50年間いろんなことがございました。

 最後の大喜利、生放送を一生懸命務めさせていただきます。

 よろしくどうぞお願いいたします」

 

それまで歌丸さんが勇退することは、昨年秋に降板を申し入れた日テレと、大喜利メンバーしか知りませんでした。

 

ですから、「来週の放送で最後の大喜利の司会を辞めさせていただきたいと思います」のところで、会場が「えぇ~!」と驚き、少しざわついたことは言うまでもありません。

 

最後に、

 

「といったところで、お時間が来たようです。

 また来週お目にかかりましょう。

 ありがとうございました」

 

と歌丸さんが言ったことで、1時間の笑点50周年記念スペシャルは観客の拍手とともに終了。

 

と思ったら、会場内から、

 

「まだやれるぞー!」

 

というある男性の声が。

 

それを聞いた歌丸さんは、即座に2問目のYES・NOクイズで使用した札を即座に取り出し、「NO」と言って、NOの札を上げておどけたことで、会場は拍手から笑いに包まれることに。

 

こうして、5月15日の笑点50周年記念スペシャルは終了したのでした

 

●5月22日は「笑点歌丸ラスト大喜利スペシャル」で90分拡大! 祝!50周年 日テレの人気番組におじゃまします!

 

前の項目で、歌丸さんのごあいさつの中にもあったように、5月22日の笑点は生放送。

 

「笑点歌丸ラスト大喜利スペシャル」で90分拡大!」と題して、90分間にわたって放送されることがわかりました!

 

そこで、5月15日の笑点50周年記念スペシャルの番組内でたびたび予告があったことでわかった、「 祝!50周年 笑点メンバーが日テレの人気番組におじゃまします!」と題して、笑点メンバーが日テレの人気番組におじゃまするというプロジェクトが始まっていたことが明らかに。

 

すでに5月15日からスタートしている、笑点メンバーが出演する日テレの人気番組は、5月22日の17時まで次のようになっていました。

 

5月15日(日)

「ザ!鉄腕!DASH!!」

林家たい平が出演。

 

「行列のできる法律相談所」

春風亭昇太が出演

 

5月16日(月)

「有吉ゼミ」

三遊亭小遊三が出演。

 

「しゃべくり007」

三遊亭好楽、林家木久扇、春風亭昇太、林家たい平が出演。

 

5月17日(火)

「火曜サプライズ」

林家木久扇、三遊亭円楽が出演。

 

5月18日(水)

「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」

林家たい平が出演。

 

「世界一不器用な恋」

林家たい平が出演。

 

5月19日(木)

「あのニュースで得する人損する人」

三遊亭小遊三、林家木久扇、三遊亭円楽が出演。

 

「ぐるナイ」

桂歌丸、春風亭昇太が出演。

 

5月20日(金)

「超問!真実か?ウソか?」

三遊亭小遊三、春風亭昇太が出演。

 

5月21日(土)

「満点★青空レストラン」

林家木久扇親子が出演。

 

「お迎えデス」

三遊亭好楽が出演。

 

「嵐にしやがれ」

林家木久扇、三遊亭小遊三、三遊亭好楽、三遊亭円楽、春風亭昇太、林家たい平が出演。

 

5月22日(日)

「シューイチ」

桂歌丸が出演。

 

「チカラウタ」

三遊亭円楽が出演。

 

これ以外にも、日テレの朝の情報エンタテインメント番組「ZIP!」をはじめ、ワイドショーの「スッキリ!!」や、お昼の情報番組「ヒルナンデス!」。

 

夕方のニュース番組「every」にも笑点メンバーが出演の予定であるということでした。 (272)

この記事は、2016年5月5日に更新の、2016年4月30日 ついに桂歌丸が「笑点」の司会を勇退!の関連記事で、「笑点」がめでたく50周年&満50年を迎えた内容となります。

 

この記事を更新した、本日の5月15日(日)に、ついに「笑点」がめでたく50周年&満50年を迎えました!祝日クラッカー

 

しかも、先週の5月8日(日)の「笑点」(第2514回)「歌丸師匠勇退前に…遂に出た!座布団10枚!ものすごい賞品とは?」の放送で、ついに座布団10枚を達成しました!

 

見事座布団10枚を達成したのが、春風亭昇太さん、三遊亭円楽さん、林家たい平さん、林家木久扇さんの笑点メンバーの4人!

 

通常回としてはこれが最後の放送となった桂歌丸さんが、それまで毎回言い続けていた、

 

「笑点50年にふさわしい、超ものすごい賞品を差し上げます」

 

もついに明らかとなったのでした!

 

●笑点50年にふさわしい超ものすごい賞品とは、なんとほうきだった!

 

その、笑点50年にふさわしい超ものすごい賞品とは、なんとほうき!

 

先週の放送をご覧になっていなかった方にとっては、「エェーッ! 笑点50周年記念の座布団10枚獲得賞品がほうき!?」と驚かれたのではないかと思います。

 

しかし、単なるほうきではなく、なんと1本作るのに1年半。

 

価格にして50万円もする「南部箒(なんぶほうき)」という高級なほうきだったのです!

 

つまり、4人が座布団10枚になるという珍事が発生し、4人に賞品が贈られることになると、50万×4人なので…

なんと200万円!

最初ほうきと聞いたときは実に意外でしたが、いつも、座布団10枚獲得の賞品のタイトルと、実際贈呈される賞品にはかなりのギャップがあることを考えると、いかにも笑点50年にふさわしい賞品のようにも思えたのでした。

 

また、5月8日の放送には、かつて「笑点」の初期に座布団運びを担当していたことがあった毒蝮三太夫さんが、大喜利の3問目に登場。

 

画面から見て歌丸さんの右隣に座ることで、出題役を手伝ったのでした。

 

●5月15日放送の「笑点」は「笑点50周年記念スペシャル」として60分拡大版で放送

 

そして、5月15日「笑点」は「笑点50周年記念スペシャル」で、「歌丸勇退前に…50年分の歌丸事件まとめ」 として、午後17時~18時まで60分の拡大版として放送されました。

 

本来ですと、その内容を私なりに振り返りたいところなんですが、実はまだ記事を書いている最中でもあります。

 

でも、「笑点」50周年&満50年については、まさに50年に1度!

 

記事を更新した5月15日しかないわけです。

 

もしこれが翌日の5月16日になって、「笑点」50周年&満50年の記事を書いたとしても、なーんの意味もなくなってしまいますからね。

 

ということで、5月15日の「笑点50周年記念スペシャル」については、またあらためて記事として更新の予定です。 (57)

この記事は、2016年5月8日に更新の、もうすぐ50周年を迎える1週間前! 私なりに「笑点」の番組を振り返ってみましたの続きの内容となります。

 

では、「笑点」の番組を私なりに振り返る記事で、その他を企画を含めた記事を書いてみることにしましょう。

 

その前に、「笑点」に関する記事も増えてきましたので、新しくカテゴリーに笑点を追加することにしました!

 

●演芸のコーナーで行なわれている演芸以外の企画

 

まずは、「笑点」の前半でおなじみの演芸のコーナーですが、放送日によっては以下のように内容が変わることがあります。

 

真打昇進・襲名披露口上

各協会・一門(落語立川流は通常含まない)に関係する大喜利メンバーが進行役やあいさつで登場

 

アナウンサー大喜利

日本テレビのアナウンサーによる大喜利。

三波伸介が司会のころから行われている。

初開催は1979年で、8月に女性アナウンサーの大喜利、10月に男性アナウンサーの大喜利が行なわれた。

女性アナウンサーのときは、各アナウンサーごとに笑点メンバーが斜め後ろに座ることで、ペアを組んで大喜利に挑戦する。

 

若手大喜利

注目の若手落語家による大喜利。

初代司会者である立川談志のころの1967年10月に初開催以降、不定期に番組の前半で放送されている。

 

振袖大喜利

正月特番にて毎年開催されているバラエティ大喜利で、振袖大喜利の常連でもある泉ピン子さんをはじめ、振袖を着た女性芸能人6人(2005年以前は5人)が笑点メンバーとペアを組んで大喜利に挑戦する。

 

東西大喜利

新春スペシャルで年1回行なわれる大喜利で、笑点メンバーが東軍、上方噺家が西軍と、東西に分かれて大喜利で対戦する。

 

このうち、アナウンサー大喜利の藤井恒久アナウンサーは、男性アナウンサーチームとして登場した際、かつて林家こん平さんが視聴者参加型あいさつとして取り入れていた「チャラ~ン」を、こん平直伝の視聴者参加型あいさつとして続けているのが恒例となっていますね。

 

●過去に行なわれた 「笑点」前半の企画

 

いまでこそ、「笑点」の前半は演芸コーナーになっていますが、かつては初代~4代目までの司会者のころには次のような企画が放送されたこともありました。

 

談志とゲスト対談

初代司会者の談志さんがゲストと対談するコーナー。

第1回目のゲストは故・ミヤコ蝶々だった。

 

フリートーク

1969年に、2代目の前田武彦の司会就任とともに始まった「前武歳時記」で、舞台上にいる前武が日々感じたことをありのまま喋っていたもの。

 

前武のなんでも入門

その道のプロを呼んで挑戦するというコーナー。

 

伸介のなんでもコーナー

3代目司会者の三波伸介さんが、ゲストを呼んでの対談や、その道のプロを読んで挑戦するというコーナー。

 

ずうとるびの小咄

三波伸介のころに行なわれたCMとCMのコーナー。

当時「ちびっ子大喜利」に出演していた、山田隆夫を含めたずうとるびの代表が、人形(声:丸山裕子)と小咄をする。

 

円楽のよろずガイダンス

落語に関することを中心とした雑学を5代目圓楽が披露するコーナー。

 

●過去に行なわれた大喜利

 

この項目では、「笑点」後半の笑点メンバーにる大喜利ではなく、過去に「笑点」で行なわれた、とてもバラエティに富んだ大喜利をご紹介してみたいと思います。

 

大喜利ゲスト大会

この項目でご紹介の、スペシャル大喜利の第1弾で、1967年8月27日の放送で実施。

司会は談志だが、このときには、後に2代目司会者となる前田武彦も大喜利メンバーとして参加していた。

談志が司会だったころは年末にも行なわれていたという。

 

※以下、新春スペシャルと表記しているのは1月1日、もしくは1月2日に放送されたことを示します。

 

師弟大喜利

メンバーの師匠が参加し、弟子達と大喜利対決。

第1回の師弟大喜利は1967年の新春スペシャルであった。

 

親子大喜利

1972年の新春スペシャルで実施され、当時の大喜利メンバーとその子供が親子で出演した。

さらに、2010年の新春スペシャルでも親子大喜利が放送。

はなわ、北斗晶、ボビー・オロゴン、西村知美、たい平の各親子が出演していた。

 

スター大喜利

1978年の新春スペシャルで実施され、参加メンバーは、坂本九、夏木マリ、千昌夫、京唄子、宍戸錠、岸ユキ、鳳啓助。

 

春の大喜利大会

1978年4月16日の放送で実施され、参加メンバーは、鯉川のぼる、東八郎、団しん也、牧伸二、堺すすむ、佐々木つとむ。

 

師弟一門大喜利

1999年の新春スペシャルでは、主に若手大喜利に出場していたメンバーが自分の師匠とタッグを組んで大喜利が行なわれた。

 

鶴亀大喜利

現在、新春スペシャルで恒例の東西大喜利の前に行なわれていた大喜利のこと。

 1970年代後半から主に新春スペシャルで、東西の大御所落語家混成チームの対抗戦方式での大喜利が行われた。

 

ドレミファ大喜利

1981年から主に新春スペシャルで、当時の高英男、ディック・ミネ、藤山一郎など往年の名歌手を集めての大喜利が行われた。

 

ちびっ子大喜利

通常の大喜利では落語家が出演しているが、この大喜利は子役出身の若手俳優などの若年の芸能人を集めた大喜利であり、前田武彦、三波伸介が司会のころに定期的に行われていた。

また、ちびっ子大喜利メンバーの1人に、現在第6代目の座布団運びである山田隆夫が初登場していた。

 

対決大喜利企画

過去の笑点メンバーが、他の日本テレビ系番組の出演者やジャニーズのグループと大喜利対決を行う企画。

 

特上!天声慎吾

2002年と2003年の2回は、新春スペシャル「新春!笑てん声慎吾」と題し、当時のレギュラーだった、SMAPの香取慎吾と、キャイ~ンのウド鈴木に天野ひろゆき。

それ以外にも、天声慎吾によく出演していた芸能人も参加し、「特上!天声慎吾」のメンバーと「笑点」メンバーが大喜利対決を行ったことがあった。

ちなみに、2002年は天声慎吾の反則により笑点チームの勝利に。

2003年は天声慎吾チームが勝利している。

 

お笑い芸人大喜利

新春スペシャルで、若手・中堅お笑い芸人が大喜利に挑戦。

1999年・2004年・2005年・2011年に開催された。

 

TOKIO

2005年の新春スペシャルでは、ジャニーズ人気グループTOKIOの、城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏、長瀬智也の5人が「笑点」メンバーと大喜利対決を行なった。

また、2006年と2007年は新春大型特番「大笑点」内でも開催。

2014年9月28日には「TOKIOスペシャルDAYS」の企画としても開催され、いずれもTOKIOが勝利している。

 

行列のできる法律相談所大喜利

2005年と2006年の新春スペシャルで、「行列のできる法律相談所」の出演者が大喜利に挑戦。

2016年の元旦には、元大阪市長の橋下徹も出演していた。

 

ボクシング世界チャンピオン大喜利

2006年・2007年・2008年、2009年・2011年の新春スペシャルで、薬師寺保栄、ガッツ石松、輪島功一、渡嘉敷勝男、竹原慎二、内藤大助、具志堅用高など、プロボクシングの元世界チャンピオンが出演。

 

天国よいとこ昇天大喜利

2006年5月14日の「笑点」40周年スペシャルで実施。

笑点メンバーが「天国に旅立った(昇天した)」という設定で、天使のコスプレをして大喜利を行った。

 

大福大喜利

2011年の新春スペシャルで、石塚英彦、芋洗坂係長、森公美子、芝田山親方(元横綱・大乃国)、長友光弘(響)、HIRO(安田大サーカス)、内山信二、曙太郎、大島美幸(森三中)、チャンカワイ(Wエンジン)の芸能界のデブタレントが大喜利に挑戦。

 

ものまね大喜利

2012年の新春スペシャルで初めて実施。

ウド鈴木(キャイ~ン)&ホリ

尾木直樹&イジリー岡田、

稲川淳二&原口あきまさ

山口もえ&福田彩乃

内藤大助&はなわ

さかなクン&たい平

このように、ものまね芸人がご本人とペアを組んで大喜利に挑戦した。 その後、2013年・2014年の新春スペシャルでも

[2013年]

岡田圭右(ますだおかだ)&原口あきまさ

塙宣之(ナイツ)&はなわ

芹那&高田紗千子(梅小鉢)

野村克也&たい平、阿藤快&ホリ

クリス松村&神奈月

[2014年]

天童よしみ&キンタロー

やくみつる&神奈月

泉ピン子&やしろ優

城島茂(TOKIO)&ホリ

土屋アンナ&みかん

ふなっしー&たい平

のペアで行なわれた。

 

ペット大好き!大喜利

2015年の新春スペシャルで初めて実施され、鈴木梨央、泉ピン子、中田有紀、さかなクンなどのタレントに、落語家の林家木久扇もペットを連れて大喜利に挑戦。

このうち、さかなクンのペットはウツボだったことから、水槽に入れた状態での出演となった。

2016年にも、「ワンちゃんとそのご主人大喜利」ということで、槙原敬之、泉ピン子、佐藤栞里、佐々木健介、森星、具志堅用高が出演し、ペットと一緒に大喜利が行なわれた。

 

手相大喜利

2015年3月29日と、2016年1月3日の放送で実施。 笑点メンバーの手相を、お笑いタレントの島田秀平が拝見した後に結果を公表。

メンバーの左手が載ったボードをもとに手相の良し悪しを説明した。

 

真相報道 バンキシャ!大喜利

これは、毎週日曜日の午後18時に放送の報道番組「真相報道 バンキシャ!」で、2015年12月27日に放送された「真相報道 バンキシャ!ニッポン人は頑張ったスペシャル」の箸休め企画として実施されることに。

参加メンバーは、福澤朗、夏目三久、宮本亜門、三浦雄一郎、尾木直樹。

 

ふるさと大喜利

2016年の新春スペシャルで初めて実施され、都道府県にちなんだ大喜利に挑戦した

参加メンバーは、

森公美子(宮城県)

蛭子能収(長崎県)、

寺田心(愛知県)

彦摩呂(大阪府)

渡辺直美(茨城県)

さかなクン(千葉県)

 

さすがに「笑点」50周年というだけあって、過去にはいろんな大喜利が行なわれていたんですね。

 

この中で、個人的には定期的に行なってほしいのが「ものまね大喜利」です。

 

●日本テレビ系列局開局○○記念でもおなじみ 「笑点」の地方収録

 

「笑点」の公開録画が東京都文京区水道橋にある「後楽園ホール」で行なわれていることは、みなさんもご存じのことと思います。

 

けれども、日本テレビ系列局が開局○○周年を迎えた際、「笑点」が地方で収録され、2週にわたって放送されることもあります。

 

たとえば、2016年3月27日と4月3日の放送分では、宮城テレビ放送開局45周年記念ということで、宮城県・サンプラザホールを会場に地方収録が行なわれたことがありました。

 

なお、「笑点」初の地方収録は、談志さんが司会の1967年ごろで、大阪府寝屋川市で行なわれたということです。

 

●かつての地方収録では定番だった 林家こん平のごあいさつ

 

「笑点」の地方収録というと、かつての笑点メンバーの中で、林家こん平さんによるあいさつが定番となっていたことがありました。

 

まず、地方収録の第1週目には、

 

「郷土の皆様、お懐かしゅうございます。

 ○○(地方収録の行なわれている地名)で生まれて、新潟で育ったこん平が久方ぶりに帰ってきました」

 

そして2週目には、

 

「第二の故郷というのはありがたいものでございます。

 先ほどから、友人知人が手に持ちきれないほどのお土産を持って楽屋を訪ねてきてくれております。

 なお、会場の皆様にお知らせがございます。

 私の帰りのかばんには、まだ若干の余裕がございます」

 

いずれもホラを吹いた内容でしたが、この地方収録でのこん平さんによる2つのあいさつのうち、2週目のあいさつは楽しみでもありましたね。

 

●海外公演も過去3度行なわれていた

 

また地方だけでなく、以下に挙げるように、「笑点」は過去3度海外で収録されていたことがわかりました。

 

1978年4月30日・5月7日 サンフランシスコ

「笑点 亜米利加寄席」

日本テレビ放送網開局25周年記念

 

1980年10月5日・12日 ハワイ州

「笑点 ハワイ公演」

「笑点」15周年記念

 

1997年4月20日 香港

「笑点 in 香港」

「笑点」30周年記念

 

また、この記事を更新したのが5月12日(木)ですので、「笑点」50周年&満50年の誕生日を迎える5月15日まであと3日となりました!

 

ですから、おそらくは、5月15日と、5月22日の生放送が終わって以降に、笑点50周年記念ということで、30周年に続いて海外収録が行なわれるのではないでしょうか?

 

●「笑点」の特別番組 24時間テレビ・チャリティー笑点 大笑点

 

「笑点」は、事前収録のレギュラー番組のほかに、必ず生放送で行なわれる特別番組としての「笑点」があります。

 

それは「24時間テレビ・チャリティー笑点」です。

 

「24時間テレビ・チャリティー笑点」は、1988年から始まった「笑点」の特別番組で、毎年日曜17時20分~18時すぎまで生放送。

 

通常の放送と同様に演芸と大喜利で構成されていますが、大喜利メンバーの挨拶を演芸前に行なったり、大喜利の1問目と2問目の間にCMが挿入されたりするなど、一部の構成が異なるのが特徴でもあります。

 

また、2005年以降は、その年のパーソナリティーが出演し、演芸に参加する以外に、大喜利の座布団運びを行なうようになりました。

 

昨年の2015年にも、メインパーソナリティーだったHey! Say! JUMP・NYCの山田涼介さんが大喜利の座布団運びを務めていましたね。

 

大笑点は、かつて2006年1月1日~2008年1月1日まで3年にわかって放送された、「笑点」の新春大型特番とも言える番組でした。

 

なにしろ放送時間が、2006年にはなんと約14時間!

 

2007年と2008年にも約12時間と、まさに新春大型特番と言うにふさわしい、半日まるごと「笑点」の新春特番として放送されていたのでした!

 

「大笑点」は、総合司会に桂歌丸さん。

 

メインパーソナリティーをTOKIOがそれぞれ務め、大相撲汐留場所と題して芸能人が相撲をとったり、芸能人スケート選手権、芸能人記憶王決定戦など、対決企画が多数。

 

演芸や落語、スペシャル大喜利といった形の大喜利も行なわれたのでした。

 

●「笑点」における神回の放送

 

あと、「笑点」50年の歴史の中で、これは神回と言えそうな放送がありました。

 

この記事の最後に、私が見て神回と思われる内容を、以下に3つほどご紹介してみたいと思います。

 

1991年12月29日放送

大喜利で、なんとメンバー全員が座布団10枚達成!

賞品(いわしみず)の贈呈は、翌年5月の慰安旅行先にて行なわれた。

 

2013年10月20日放送

司会の桂歌丸さんが、どんなに笑点メンバーからいい答えが出ても座布団を1枚もあげなかったこと。

結局、「メンバー全員座布団が獲得できずに番組が終了」という、番組放送初の自体が起こっていた。

しかも前週の放送では、最後の3問目でメンバー全員の座布団が没収されていた。  

 

2014年6月8日の放送の大喜利で、林家たい平さんが座布団10枚を獲得!

翌週の6月15日には、同じく大喜利で林家木久扇さんが座布団10枚を獲得!

番組放送開始以来2週連続で10枚獲得という初の事態となった。

 

 

ということで、以上私なりに「笑点」の内容を振り返った記事をお送りいたしました。

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