Daily Archives: 2016年4月2日

先月3月31日に、「ライオンのごきげんよう」(以下、ごきげんよう)がついに最終回を迎えました。

 

最終回の週となった「ごきげんよう」のむ月曜日~木曜日までの放送では、

 

月曜日:さだまさし(小堺一機が好きな歌手)

火曜日:めちゃ×2イケてるっ!のメンバー

水曜日:明石家さんま×関根勤×中山秀征

木曜日:小堺一機(生放送)

 

と、いつもとは違うゲストの構成となっていましたね。

 

でも、最終回は小堺さん1人の生放送であることは事前に知っていたものの、まさか小堺さん自らがサイコロを振り、出た目に合わせて自分でトークをする形式になるとは思わなかったです!

 

最終回前日の3月30日の午後19時からは、「ライオンのごきげんようゴールデン! 大物だらけのサイコロSP」と題して、以下のような企画が放送されました。

 

・「小堺思い出を巡る旅with和田アキ子&泉ピン子」

ナレーション:小堺翔太(小堺一機の息子)

 

・1000人アンケート!「北大路に聞きたいこと」(ごきげんよう初登場)

 

・「ごきげんようアーカイブ あの頃!君は若かった」

 

・出張サイコロ

恵俊彰

宮根誠司

上沼恵美子

 

・1000人アンケート!「松下奈緒さんに聞きたいこと」(ごきげんよう初登場)

 

・ごきげんアーカイブ「最後の子」は今どうしている?

 

・堺正章×萩本欽一

 

●私も興味深かった企画 『ごきげんアーカイブ「最後の子」は今どうしている?』

 

前の項目でご紹介の「ごきげんようゴールデン」で、特に興味深かったのが、『ごきげんアーカイブ「最後の子」は今どうしている?』の企画でした。

 

これは、当時「ごきげんよう」のゲストとして、当時タレントだったケント・デリカットさんとのトークで、ケントさんの奥さんが4人目の子を産んだ際「最後の子~!」と叫んで出産したというお話をVTRで紹介。

 

すると、奥さんが最後の子と叫んで産んだ子どもは現在どうしているかについて、スタッフが、かつてケントさんが所属していた事務所を尋ねたところ、現在アメリカ・ユタ州にいるとのこと。

 

自宅は、ソルトレイク湖を一望できる東京ドーム52個分の敷地にあったのでした。

 

久々の再会となったケントさんは、現在、貿易会社や映像制作などに携わりアジア・アメリカを飛び回るビジネスマンとなっているそうです。

 

しかも、最後の子も家に来ているというではありませんか!

 

ケントさんに呼ばれて登場した、最後の子とはロバートさんという名前の男性。

 

職業はホームセキュリティー会社の営業をしていて、年齢は25歳になっていたのでした。

 

しかしここで、本当の最後の子はロバートさんではないことが明らかになったのでした!

 

実は、「ごきげんよう」で「最後の子」の話を紹介した後で、もう1人ジェフリーという男の子が生まれていたとケントさんが証言。

 

ロバートさんの次に登場したこのジェフリーさんこそが、本当の最後の子でもあったのでした。

 

これには私もビックリしましたね!

 

また、現在ケントさんは、他の3人の子供と7人の孫に恵まれているということでした。

 

●「ライオンのごきげんよう」の前番組でもあった「ライオンのいただきます」

 

では、「ごきげんよう」が最終回を迎えたことで、その前番組でもあった「ライオンのいただきます」について書いてみたいと思います。

 

まず、「ライオンのごきげんよう」(以下、ごきげんよう)といえば、かつて新宿アルタで生放送の、お昼の国民的長寿番組だった「森田和義アワー 笑っていいとも!」(以下、いいとも)の生放送終了後、すぐに「ライオンのいただきます」(「ごきげんよう」の前身番組・以下、いただきます)という番組が、同じく生放送で始まっていたころを思い出します。

 

つまりは、「笑っていいとも!」の観客を入れたまま、同じスタジオで「いただきます」が生放送されていたわけですね。

 

けれど最初、いいともがスタートしたのと同時に「ごきげんよう」もスタートしたのではないかと思っていたら、いいともが始まったのは1982年の10月から。

 

「ごきげんよう」は、1984年10月1日~1989年9月29日まで、毎週月曜日~金曜日の13時より放送されていました。

 

ということは、いいともが始まってから2年間は「いただきます」がなかったことになります。

 

では、それまで何が放送されていたのかというと、このころからライオン1社提供だった「ライオン劇場」というタイトルのテレビドラマが放送されていたのでした。

 

●ライオンのいただきますについて

 

「いただきます」の司会を務めていたのは、このころは、いまよりはまだ髪の毛があった(失礼)小堺一機さんです。

 

「いただきます」では、毎回、多彩な分野で活躍する「おばさま」たちをゲストに招き、「おばさま」が答えるお悩み相談や、視聴者のはがきを交えたトークなどを軸となっていました。

 

見どころとしては、本音をも辞さない「おばさま方」のトークと、まだ若手のイメージが残っていた司会の小堺さんとのとしての奮闘ぶりと言えます。

 

また「おばさま」として、数々の往年の女優たちや歌手たちが本格的バラエティ番組に出演したことが話題になったのでした。

 

私も見ていた「いただきます」で思い出すのは、生放送なのに、小堺さんにマウストゥマウスのキスをした場面が印象的だった、喜劇女優の故・清川虹子さん。

 

故・塩沢ときさんなんて、それこそテレビ番組にたびたび出演している、「ブランド王ロイヤル」の代表を務める森田勉さんのリーゼント以上に、盛りに盛った髪型で登場していたことから、強烈に印象に残っています。

 

「いただきます」では、かつて視聴者から寄せられたお悩みをドラマ仕立てで再現し、人生経験豊富なゲストのおばさまのご意見を伺うメインコーナー「いただきます劇場」がありました。

 

出演は、ヒロシ&チーボー(伊沢弘、重田千穂子)と呼ばれる男女2人(なつかし~い)と、女優の松金よね子さんです。

 

いただきますではアシスタントもいて、初期のころは、野々村真さん、久保田篤さん、羽賀研二さんが交代で「居残り青年隊」として出演。

 

ほかにも、当時お笑いコンビだったABブラザーズ(中山秀征、松野大介)とビシバシステム(住田隆・西田康人)も、「いただきます」のアシスタントを務めていたのでした。

 

また、当時はソッキーちゃんという名前の速記者の女性がいて、おはがきが採用された方には、ライオン製品の詰め合わせと、その日のトーク内容を書き起こした速記録がセットで送られていた時期もありましたね。

 

●ライオンのいただきますⅡの時代もあった

 

その後もしばらくは、主なゲストを「おばさま」から「おじさま」に変えた点以外は、トーク番組のスタイルを踏襲していた「いただきます」。

 

その後、1990年秋以降はクイズを中心とした番組「ライオンのいただきますⅡ」へとタイトルを変更するものの、12月28日放送分をもっていったん終了することに。

 

「ライオンのいただきます」時代を含めて、6年3ヵ月間の歴史に幕を閉じたことがあったのでした。

 

●1991年からは「ライオンのごきげんよう」にリニューアル アルタからの生放送は廃止され、フジテレビのスタジオでの放送に

 

「いただきます」終了後、翌年の2011年からは、ひき続き小堺さんが司会を務める「ライオンのごきげんよう」へリニューアルしました。

 

「ごきげんよう」にリニューアルしたことで、それまでのスタジオアルタの生放送が廃止され、フジテレビのスタジオでの放送に。

 

内容もガラッと変わり、月曜日~金曜日まで毎日出演する3組のゲストが順番にサイコロを振り、サイコロに書いているテーマに沿ったトークをしていくという、みなさんもおなじみのスタイルとなったのでした。

 

サイコロに書いてあるテーマについては、これまでいろいろありましたが、初期のころを振り返って6つ挙げてみると、

 

・情けない話

・恥ずかしい話

・恋の話

・○○の話(例:初めて○○した話)

・泣ける話

・初体験

 

うんうん、その後サイコロのテーマはいろいろ変わっても、「情けない話」だけは、「ごきげんよう」が終わるまで変わらず定番となっていましたね。

 

「情けない話」の目が出たときの、

 

小堺「情けない話、略して?」

 

観客「なさばな~!」

 

という、小堺さんとお客さんとのコールアンドレスポンスがあったころも、なつかしく感じます。

 

「初体験」「恋の話」については、ゲストによっては、一体どんなトークをするんだろうと興味深いものがありました。

 

まさか、1991年からのこのサイコロトークのスタイルが、2016年3月31日まで続くとは思ってもみなかったですね!

 

サイコロトークについてはそれだけでなく、「○○トリオフェア」があったり、年に1~2回は、地方のホールで公開録画も行なわれたことも。

 

12月年末には、年間でもっとも面白かったトークを選ぶ「ごきげんよう大賞」も恒例となっていましたね。

 

あと、「ごきげんよう」で触れておきたいのは次の2つです。

 

・COROZO(コロゾー)登場

2014年1月より、サイコロをモチーフとしたロボット人形として登場。

体と顔が四角く、身体には「COROZO」と目は渦を巻いていて口は大きい。

今日の当たり目の専用コーナーで登場。

声は高く、時々いじわるな話し方をする。

サイコロに「COROZOクエスチョン」という出目があったことがあり、この目が出るとCOROZOが登場。

他のゲストや観客から面と向かって聞きにくい質問を、単刀直入に質問相手であるゲストにぶつけていた。

 

●フジテレビアナウンサーが男性アシスタントとして登場 名前は田淵裕章(ゆうしょう)さん。

2005年4月にフジテレビに入社し、父親は元プロ野球選手の田淵幸一さん。

 

このうち、COROZOについては、 「ごきげんよう」の最終回で、写真では目を伏せていたものの、小堺一機さんが担当していたことがわかったのでした。

 

最初私は、あらかじめCOROZO専門の声優さんがいて、COROZOの動きに合わせて声をあてていたと思っていただけに、あらかじめ小堺さんによってセリフが録音されていたことを知ったときは、少し意外に感じました。

 

あぁー、だからCOROZOクエスチョンのときに、COROZOとゲストとのトークにおけるリアクションとかがどこかギクシャクしたんですね。

 

2014年10月で、すでに放送30周年を迎え、その当時から長寿番組と言ってもいい「ごきげんよう」。

 

こうして、2016年3月31日に、「いただきます」のころも合わせると、なんと32年6ヶ月にもわたる放送が終了したのでした。

 

●「ごきげんよう」の後すぐの東海テレビ製作の昼ドラマも終了

 

「ごきげんよう」だけでなく、こちらも3月31日に終了した、東海テレビの昼ドラマについても少し書いてみますね。

 

「ごきげんよう」の後、13時30分から(その後13時25分に)の30分間は、東海テレビが製作を担当していた昼ドラマが放送されていました。

 

文芸路線からスタートしたこの時間帯のドラマでは、1970年代には「あかんたれ」をはじめとする根性もの。

 

80年代には、「愛の嵐」などの「グランドロマン」と呼ばれる時代ものが人気を集めたのでした。

 

2000年代には「真珠夫人」や「牡丹と薔薇」など、ドロドロした愛憎劇と強烈なセリフや展開を売りにした作品が社会現象にもなり、「昼ドロ」と呼ばれ、視聴率も好調だった時期もありました。

 

しかし、最近は視聴率で苦戦していて、近年は脱愛憎劇に路線変更していましたが、お茶の間の支持は得られず。

 

そしてついに、東海テレビの昼ドラマ枠も、近日中に更新予定の、「バイキング」を50分拡大するといった大幅な編成により、「ごきげんよう」と同じく、2016年3月31日に終了したのでした。

 

ちなみに、最後のドラマは214作目の「嵐の涙 ~私たちに明日はある」で、佐藤江梨子さんが主演を務めていました。

 

東海テレビの昼ドラマにおける過去の放送については、下にご紹介のリンク先のサイトを参考にしてみてくださいね。

 

「東海テレビ昼ドラ一覧表 – テレビ資料室」 (307)

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